夜のさかなになる | ナノ


風を切って走る彼が、私は好きだった。陸上部の他の部員達がまったく追い付けない彼の背中。もしも私が陸上部に所属していたら、思い出に残るのは彼の後ろ姿だけだろう。そう思えるくらい、彼のスピードはずば抜けていた。

かくいう私は体育祭などでリレーの選手に選ばれたことはなかったけれど、かと言って全員リレーでどこに入れたら一番影響が少ないだろうか、なんてみんなの頭を悩ませる存在でもなかった。要は、私の足の速さは並だったのだ。

私はよく放課後の教室から、グラウンドを眺めた。やっぱり目に留まるのは、トラックを駆け抜ける彼の姿。別に彼のように私も足が早くなりたかったわけではないけれど、彼が走る姿を見ているのは、とても心地よかった。まるでお魚みたい。私は彼の姿を小さい頃よく連れていってもらった近くの水族館の水槽で泳ぐ魚と重ねていた。…これはやっぱり失礼だろうか。その魚の名前は忘れてしまったけれど、ライトに照らされて美しく輝く体を今でもよく覚えている。その魚の泳ぎを見ていても、私も速く泳げそうな気はまったく起きなかったけれど、彼の走る姿を見ていると不思議と、私も同じように、あんなふうに風を切って走れるんじゃないかっていう気分になることが出来た。





そしてそんな気分が最高潮に高まった結果が『夜の学校で思いきり走ってみる』だった。我ながらちょっと頭悪いなあと思ったけれど、夜の学校に忍び込むというのも興味があったから実行を決めた。門によじ登って、降り立った校庭の地面をとんとんとつついた爪先はいつもより軽い。履き慣れた運動靴で、今ならすごく速く走れそうな気がする。夜中に忍び込んだ学校は、当たり前だけれど静まり返っていて、私は大きく深呼吸した。夜だからか空気がひんやりと冷たい。ちゃんと準備体操をしなきゃと頭で考えてはいたけれど、自然に走り出した脚がいつもより前へ前へと運ばれていく感覚。(気持ちいい)心の底からそう思えて、私は考えるのをやめた。

彼もこんな気分で走っていたのだろうか。こんな気持ちで風を切っていたのだろうか。気付かないうちにちょっとした距離を走っていたのか、立ち止まった時には、けっこう息が上がっていた。


「水分取らないと倒れるぞ。」


私しかいないはずの校庭で、いきなり聞こえた声に驚いて後ろを振り返ると、そこには、私がいつも見つめている風丸くんが立っていた。



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