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私だって女の子だ。好きな人の前では女の子っぽくありたいし、あわよくば可愛いと思われたい。しかもずっと片想いしてきた相手だから、尚更。

だから、今日のデートでもちょっと短めのスカートを着てみたし、ビューラーでまつげを上げて、色つきのグロスをつけてみた。雑誌に載ってた『彼氏をメロメロにしちゃうメイク術!』にはもっと複雑なメイクの仕方があったけど、今の私にはこれが精一杯。


ちょっと期待しながら待ち合わせ場所に向かえば、もう既に待っていてくれた征矢くんがいて、そういえば征矢くんはいつも時間前にいて私を待っていてくれるなあと思った。征矢くんのそういうさりげなく優しいところもずっと好き。


「ごめんね!待った?」
「あ、………いや、まだ待ち合わせ時間の前だしな。大丈夫だ。」
「そっか、良かった!」


笑いかけると、征矢くんは私からさりげなく目をそらした。その表情はなんだか固い。あれ…?と思っていると、いつの間にか元の征矢くんに戻っていた。


「…行くか」
「…うん!」


行くか、と歩き出したけれど、今日のデートはこの辺をぶらぶら歩き回ろうと言っていたから、特に行き先が決まっているわけではなかった。しかも征矢くんはサッカーの練習をしていたから、午後からのデートで一緒にいられる時間はあんまりない。

デートは始まったばかりなのに、もう既に寂しいと思っている私は変だろうか。格好やメイクを女の子っぽいものに変えてもあまり反応してくれない征矢くんの態度も私の寂しさを増大させた。


「あ、」
「ん?どうしたの征矢くん、」
「あそこに新しいペットショップが出来たんだな。」


征矢くんの視線の先をたどると、『new open!』という看板が置いてあるペットショップがあった。行ってみよっか!と言えば征矢くんは頷いた。


◆◇


「わあ〜、ちっちゃくて可愛い〜」
「猫は大体寝てるな。」


征矢くんがかがんでガラスを指で優しくつつく姿が可愛くて思わず笑ってしまうと、征矢くんはちょっぴり赤くなった。そして話を反らすように、「…ナマエの前の子犬、すごく尻尾振ってる、」と言った。目を向ければ、子犬は征矢くんの言った通り、ボールのようなおもちゃをくわえて嬉しそうに尻尾を振っていた。可愛いね、と話しかけると微笑んだ征矢くんがそうだな、と言ってくれて、私は、例え一緒にいられる時間が短くたって、私のおしゃれに征矢くんが気付いてなくたって、征矢くんと一緒にいることが幸せなんだからそれでいいんだ、と思うことができた。


◇◆


「まさかあんなにかわるがわる猫ちゃんたちをだっこさせてもらえると思ってなかったよ〜!」
「そうだな、」


あのあと、優しそうな店員さんが、猫や犬、そのうえ兎までたくさんの動物を私と征矢くんに抱かせてくれたのだ。征矢くんがおっかなびっくり兎を抱き上げていたのは、とても可愛かった。店の外に出るともう日は暮れていて、征矢くんとのお別れの時間が迫っていることが分かる。


「征矢くん……、」
「なんだ?」


今、私は何を言おうとしてたんだろう。はっと気付いて口を閉じる。『まだ一緒にいたい』なんて征矢くんには迷惑以外のなにものでもないのに。


「あ…えと、た、楽しかったね!」
「…ああ、そう、だな…。」


歯切れの悪い返事に、私は征矢くんの表情をうかがう。予想外にも、征矢くんの顔は真っ赤だった。そして、すっと顔を上げた征矢くんはやや早口気味に私に告げた。


「今日のナマエの格好とか…あと、色々…男の俺にはよくわからないが、…その……可愛いと俺は思う。最…後まで言えなくて、悪かった。」
「征…矢くん」


駄目だ、私嬉しすぎて泣きそう。涙を必死でこらえる私を見て征矢くんは小さく笑う。その顔もまだ朱に染まっている。


「…泣くなよ?」
「だって、征矢くんがっ…かっこよすぎる、からっ…」


震える私の背中を撫でるのはもちろん征矢くんの手のひらで、私が征矢くんの服の裾を握って「ほんとはもっと一緒にいたいよ」って素直になってみれば、征矢くんの頬はまた赤くなって、そして「俺もだ」と言ってくれた。


わたしの心臓をあっさり食べちゃうきみがずるい



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title誰そ彼
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