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今年はミョウジと一緒に夏祭りにやってきた。毎年、サッカー部の奴らと(佐久間の強い誘いで)ムサ寂しく屋台を冷やかしまわっていたが、やはり彼女とまわる夏祭りというのは一味も二味も違うらしい。ちなみに『ムサ寂しい』という斬新かつ俺たちの姿をかなり的確に表現した言葉は咲山が生み出したものである。

今まで着たことなどほぼなかった浴衣に身を包み、待ち合わせなるものをして、そしてなにより、サッカー部の連中と行く時にはない心拍数の上昇を俺は今感じている。そんなある意味当たり前の変化を噛み締めながら歩いていると、心なしか眉を寄せたミョウジが俺の顔を覗き込んできた。


「鬼道くん?」
「ど、どうした?」


ミョウジが覗き込んできたことで距離がいきなり縮まり、俺の姿勢は少しのけぞる形になる。「それはこっちの台詞だよ〜」「?」俺がミョウジを見つめ返すと、さっきから黙ったままだし、なんか難しい顔してるよ?と告げたあと、ミョウジは鬼道くんはやっぱり佐久間くんたちと来たかったよねと表情を暗くした。

確か俺から夏祭り一緒にまわらないか、と誘ったはずなのだが、ミョウジはそのことを忘れているのだろうか。他に夏祭りをまわりたい奴がいたならば、誘ったりはしない。しかし、ミョウジを誘ったときは恥ずかしすぎて、自分でもうまくしゃべれているのか、そもそも今何をしゃべっているのかすらぼんやりとしてしまい記憶が曖昧のため、ミョウジが覚えていないのはある意味好都合かもしれない。とりあえず、ミョウジのとんだ勘違いを解かなければと、口を開く。


「いや、違う。むしろミョウジと来れて良かったと思っていたんだ。」
「え?そ、そうなの?」
「あぁ、黙って歩いてしまってすまなかった。ミョウジの方こそ、俺と夏祭りをまわるのがつまらなくなってしまったな。」
「そんなこと!ただちょっと不安だっただけで...大好きな鬼道くんとまわれるのすごくうれしいよ!」


大好きな鬼道くん、という単語が俺を刺激する。以前、女は笑顔で嘘をつける生き物だと何かのテレビ番組で言っていたが、ミョウジはその定義から外れてくれと切に願う。もしこの言葉が、この赤い頬が、この笑顔が嘘なら俺はこの場で膝から崩れ落ちれる自信がある。

しかし、自分の彼女と言えども、この単純さはいかがなものかと考えてしまう。さっきまであんなに落ち込み、暗くなっていたのが嘘のような笑顔になんだか騙されているようだ、とため息をつきそうになった。すると、ミョウジが何かお目当ての屋台でもみつけたのか、声を上げた。


「金魚すくい!」
「やるのか?」
「うん!いいかな?」


あぁ、とうなずくと、家で飼ってもいいよってお母さんが言ってくれたんだー!とミョウジは嬉しそうに笑った。水槽に入る程度の数なら何匹でもいいと言われたらしく、俺も一緒にやることになった。お金を渡して、ポイを受け取る。ミョウジにポイを手渡そうと横を向くと、既にしゃがみこんでポイを持つ前からどの子にしようかな〜と悩むミョウジの姿があった。そんな子供みたいな行動も可愛らしく見えてしまうのは、恋人の欲目というやつなんだろうか。

そして結果は見事に二人とも惨敗。それでも、恒例のおまけでもらえるミョウジと俺の金魚一匹ずつを持って、ミョウジは満足そうだった。もう一回やらなくていいのか?と問うと、少し考えるしぐさをしたあと、「なんだか私と鬼道くんが一緒にいれるみたいだから二匹がいいかな。」と言った。


「そ、そうか...。」
「ふふ、鬼道くん照れてる?」
「照れてなど...」


照れてなんかいないと主張し、顔の赤さをごまかそうとしたが、おかしそうにくすくす笑うミョウジにそんなことをするのも馬鹿らしく思えて、俺はため息と共に「ミョウジがいちいちかわいいことを言うから、仕方がないだろう」と正直に言うと、ミョウジの顔は真っ赤になった。どうやら立場は俺の一言で逆転したらしい。こうなると、ミョウジの赤い顔やあわてる様子がもっと見たくなって、つい、もっといじめたいと思ってしまう。

成神が以前ぽつりと洩らした「鬼道さんって絶対彼女にドSだと思います」という言葉を思い出した。そのときは何を根拠に...と呆れたが、今の思考回路を読まれていたら、その言葉を認めるしかなさそうである。やはり攻められてばかりなのは性に合わないんだろうなと思い、上がってしまいそうになる口元に注意を払った。


「ふ、照れているのか?」
「もー、鬼道くんって時々ほんといじわるなんだよ、金魚さん。」


頬をふくらませたミョウジが金魚に向かって愚痴をこぼした。それでも、来年もミョウジと一緒に来たいと言えば、そのふくれっ面がまたあの屈託のない笑顔に変わって、私もそう思う!と目をキラキラさせるから、やっぱり単純だな...と呆れつつ、俺もつられて笑顔になってしまったのが分かった。


それは一瞬で、でも眼に焼き付いて離れない



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