inzm | ナノ


「あ、修二くん?」


駅を出たところで、後ろから駆け足で俺を追い越し、くるりと前に回り込んできた奴が俺を見て笑顔で言った。俺は突然のことに少々怯んだが、その正体が近所に住む二歳年上の名前姉ちゃんだということに気付く。


「あ、」
「びっくりした?私はびっくりした!」


だってしばらく会ってなかったんだもん!と何がそんなに嬉しいのか、と聞きたくなるくらいニコニコとしているナマエ姉ちゃん。一緒に帰っていい?と言われて頷くとまた笑った。


「サッカー部、こんな遅くまで部活かー大変だね。」
「ナマエ姉ちゃ……そっちも部活だろ。」
「まあね、」


ナマエ姉ちゃんと言いかけて、思いとどまる。中学生にもなったおれが高校生に姉ちゃん呼びってナシだろと思ったからだ。かといって、突然名前を呼び捨てで呼ぶ勇気はなかった。けっこう練習キツいんだよね〜と話始めたナマエ姉ちゃんの姿をちらりと盗み見る。見ないうちに、ショートだった髪は、そこら辺にいる女子高校生と同じような長さになり、身長も少し伸びて、スカートから覗く足はすらりと細い。簡単に言ってしまえば大人っぽくなったその姿に少しだけ、どきっとした。


「あっ!」


いきなり大声を出されてびくっと肩が跳ねる。なんだよ、という意味を込めて睨み付けると、視線が俺の腕辺りに集まっていた。目をやると部活中に作ったらしい結構酷い擦り傷。


「怪我してるじゃない!」
「別にこんなのたいしたこと…」
「たいしたことある!」


ちょっとそこの公園寄るよ!と俺の手を握りずんずんと歩き出したナマエ姉ちゃん。手を握るという行為にかなりの恥ずかしさを感じつつ、俺は逆らわずに従った。公園の水道水で傷口を洗い、ナマエ姉ちゃんが常備していたらしい消毒液を吹き掛けられ、これまたナマエ姉ちゃんのポーチから取り出されたばんそこうをぺたりと貼られた。あまりの手際の良さに、


「女って普通、キャラクターのばんそこうとか持つんじゃねーの?」


と茶色のスタンダードなばんそこうに向かって言うと、黙って頭を叩かれた。こうしていると、まだ俺達が性別とか年齢とか気にせずに一緒に走り回っていたころを思い出す。ナマエ姉ちゃんも俺と同じように昔を思い出していたのか、なんか昔に戻ったみたいで嬉しいね。と微笑んだ。


「………彼氏いんの?」
「か、かれし……なにそれオイシイノ?」


相変わらずの男っけのなさに、安心しつつ、次会うときには、躊躇なく名前を呼び捨てできるくらい成長していたい、と思った。

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