スロウ | ナノ




部室に入ると、いつもと違う重くて暗い空気に私はうっ…と後ずさる。扉付近に立っていた佐久間くんにどうしたの?という意味を込めた視線を送ると、肩をすくめた佐久間くんが部室の真ん中に向かって指を指した。いったいどうしたんだろう…。私がその指の方向に目をやると、そこに部室の机の上でぐだーんと全力で脱力し、寝そべっている成神くんと思われる人物がいるのを発見した。隣に座る辺見くんが何やら一生懸命成神くんに話しかけている。


「成神くん……どうしたの?」


今度は視線ではなくて、言葉に出して佐久間くんに質問してみると、さっきと同じように首をすくめた佐久間くんが「訳を話さねぇんだよ」と言った。


「つーかマネージャーのお前が部員のメンタル面もカバーすべきだろ。じゃ、よろしく。」


面倒ごとはごめんだとばかりに、ひらりと一度だけ手を振った佐久間くんがフィールドの方に向かって歩き始めてしまった。その背中に慌てて、私は帝国サッカー部の中で、一番面倒見が良さそうな人物の所在を尋ねる。でも、佐久間くんから帰ってきた答えは非情にも、


「源田ァ?ああ、なんかあいつ担任に捕まって、いいようにこき使われてる。」


多分しばらく帰ってこねーよ、というトドメの一言を付け足してくれた佐久間くんの姿は扉の向こうに消えていった。ため息が口をついて出そうになるのを堪えながら、私は成神くんと辺見くんに近寄る。やはり辺見くんが成神くんを元気付けようとしているらしく、「何があったか知らないけど、なんとかなるぜお前なら!」「成神ぃー聞いてんのか?」という声が聞こえてきた。辺見くんって普段ツンツンしてるくせにこういうときすごく優しいよねえ…と考えていると、辺見くんが私に気づいてげっそりした顔で、


「俺もう無理だ交代。」と言った。

「う、うん…。それで、どうしたの?」
「知らん。成神ひとっことも喋らねぇんだよ。おい、聞いてんのか?」
「………」
「「…………」」
「みょうじの前で泣くなんてだせーぞ。」
「…………………………泣いてねぇよハゲ」


い、今すごい辛辣な言葉が聞こえたような………。額に青筋を立て始めた辺見くんを慌ててフィールドの方に押しやる。やっぱちょっぴり短気な所は直した方がいいと思います。いやでも、今のは成神くんが悪いか。



「成神くん……どうしたの?」
「ん、」



顔を伏せたままの成神くんに、さっきまで辺見くんが座っていた椅子を叩かれる。これは座れってことなのかなあ、と思いながら静かに椅子に座る。「撫でて下さい。」え?成神くんから聞こえてきた声に思わず聞き返す。でも、それ以上何も言ってくれないから、私はとりあえず背中を撫でてみる。すると、成神くんがのそっと顔を上げた。


「こういう時は頭撫でて下さいよ…。」
「あ、ごめん。」


むすりとした表情で撫でる場所を指定されて、私は謝りながら手のひらを移動させる。中学一年生の男の子ってこんなに可愛いものなんだろうか…。私が頭を撫でてあげると、目を細める成神くんはまるで猫のよう。一年前の不動くんや辺見くんや咲山くんもこんな感じだったのかなあなんて思ったけれど、想像するのはやめておいた。


「えっと……成神、くん。いったいどうしたの?」
「フラレました」
「……………あ、そ、そっか…。」


『フラレた』ってフラレたってことだよね…!?そういう話に疎い私はここで慰めればいいのか、励ませばいいのか、それとも黙って話を聞いてあげればいいのか分からず、そっか、と言って黙ってしまった。


「俺だけが可愛がってると思ってたのに…」
「…うん。」
「部活のあとほぼ毎日会いに行って、餌あげてたのに…」
「うん…え?餌……?」
「俺はミーって呼んでたのにシャルコンテなんていう趣味の悪い名前なんか付けられて嬉しそうににゃーって鳴きやがって…」
「成神くん………フラレたって…もしかして、」


猫のこと?と続けると成神くんはそうっスよ。と事も無げに言ってのけた。がく、と一昔前のコントよろしくコケた私に成神くんが、またあの可愛い笑顔で「先輩もう一回撫でて下さいっ」と言うもんだから、可愛さに負けてもう一度手のひらを成神くんの頭に乗せた。撫でたあと、さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに「じゃあ練習してきまーす!」と立ち上がった。



「成神くん……落ち込んでたんじゃ…」
「はい!すげえ落ち込んでたんスけど、よく考えたらミー…じゃなくてシャルコンテよりなまえ先輩の方が好きなんで!なまえ先輩に撫でてもらったから元気になりました!」
「あ……そ、そう…。」



…とりあえず、辺見くんには成神くんが落ち込んでた訳を話さない方が賢明だな……と思いました。


-----------
甘えられるの意味を間違えた気がする



 
×
- ナノ -