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私は今、自分って本当に帝国学園サッカー部のマネージャーなのかな…、と思いながらじゃがいもの皮を剥いている。きっと冷静になったら駄目なんだろうな…と早々に諦めて大人しく、学校の設備としては整いすぎている家庭科室の流しの前に立って作業を続けた。何故サッカー部マネージャーである(はずの)私がこんなことをしているかというと、帝国のある意味トップに君臨していらっしゃる総帥のご命令があったからだ。「カレーが食べたくないか?私は食べたい。よし、みょうじ、カレーを作れ。」これを聞いたときは、流石に心の中で思いきりツッコませて頂いた。なんでやねんっ!心の中で、というのは少し情けない話だけれど。


皮を剥き終わったジャガイモとニンジンとタマネギ。並べるとその数の多さに圧倒される。四人家族の私の家では考えられない量の野菜たち。なぜなら、部員全員が食べるから。あ…あとは総帥も。料理は好きだけど、この量を切るとなると…少し憂鬱になっちゃうなあと、一人苦笑いが溢れた。そしてのちに、ジャガイモやニンジンはまだ序の口だったのだということに私は後から気付かされた。ラスボスはいくつもの玉ねぎ。そう、……目がやられるのだ。切り始めてすぐにボスは攻撃を仕掛けてきた。新鮮だからなのかよくわからないけれど、目からぼろぼろとこぼれ出す涙。拭っても拭っても次から次へと落ちていく。…まいったな…目がひりひりするよ…。そんなことを考えている私の耳に家庭科室の扉が開く音が届いた。


「みょうじ、……総帥に聞いたぞ。カレーを作っているそうだ、……な。」
「あっ鬼道さん。」
「ど、どうした!?怪我でもしたのか!?指を切ったのか!?」
「いえ、玉ねぎが…」
「玉ねぎを切っていたら怪我をしたのか!と、とにかく包丁をおけ!直ちに!すぐ!」

練習が一段落したのだろうか、家庭科室に入ってきたのは鬼道さんだった。そして私の顔を見た瞬間に一気に青ざめて、あわあわと忙しなく動き始めた。そして強い口調で命令された私は訳もわからずにとりあえず包丁をまな板の上に置く。まだ目の奥が熱くて瞬きするとまた涙がこぼれ落ちた。


「見せてみろ、いや、まず救急車か…!?」
「あ…違います私…!」
「血がいります!?輸血が必要な程の怪我なのか!」
「鬼道さんっ!」


ついにはあの鬼道さんが聞き間違いまでする慌てっぷりを見せ出したので、私は慌てて鬼道さんの両肩を掴む。はっとした鬼道さんに怪我してないですよ、私。とやっと伝えることが出来た。


「し、しかし現に泣いて…」
「玉ねぎ切ってたので…」
「玉ねぎ、……ああ!」


鬼道さんはもう一度まな板に目をやって頷いた。やっと真実を理解してくれたようだ。私がほう、とため息をつくと、さっき私が鬼道さんにしたように、両肩に手を置かれた。その勢いに思わずびくりと身体が震えた。私は、恐る恐る鬼道さんの顔を覗き込んでみる。


「驚かさないでくれ……心臓が止まるかと思ったぞ……。」
「ご、めんなさい…。」
「怪我は本当にないんだな?」
「はい。」


自分が謝ることに多少の疑問を感じたけれど、鬼道さんのあまりの真剣さに思わず頭を下げてしまった。それにしても、鬼道さんがこんなに慌てて、聞き間違いまでするなんて珍しいなあと思い、訳を聞いてみると、真っ赤な顔で「みょうじのことになると、いつものようにいかなくなる」と告げられて、私の顔も赤くなってしまった。そして、その後にぞろぞろと揃って家庭科室に現れたサッカー部のみんなにそんな姿を目撃されて、鬼道さんとの仲を誤解され、カレーの完成が大幅に遅れてしまったのはまた別の話。


 
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