ローウィン・ジーザス | ナノ
※GTOのCM見て
※平和島先生とIQ200の天才甘楽ちゃん
※いいなって思って書いた突発文です
※女体化なので苦手な方は注意下さい
※いつも通りわかりにくいですごめんなさい
ざばん、砂浜に打ち付けられた波が音を立てる。空と海の境界線が曖昧な視線の先に、星はひとつも見えなかった。風はしっとりと湿気を含んでやたらと生暖かい。きっと明日は雨だろう。
「真っ黒の海なんて眺めて何が楽しいんだよ」
足元ぎりぎりまで押し寄せる波を時折後退しては避けて、引いて行くとまた数歩進んでは海に近づく。後ろから掛けられた声は何と言うか、億劫そのものと言っても差支えないほど、実にやる気のないものだった。強い風に煽られてばらばらに散らばる髪を腕を使って押さえつつ振り返れば、停車したバイクに寄り掛かるシズちゃんが煙草をふかしながらぼんやりとこちらを見つめていた。
「音がいいじゃん。ヒーリングだよ、嫌なこと忘れるでしょ?」
「海は昼間来て泳ぐもんだろーが」
「やだよ、日に焼けるじゃん。俺は夜がいーの」
そーかよ、そう呟いてシズちゃんは短くなった煙草を携帯灰皿にしまい、ポケットから取り出した新しいものに火を点す。じ、と赤い光が灯って移って一度消えて、彼が呼吸を吸い込むとまたちらちらと瞬いていた。
今度は海に背を向けて、そっと陸側のシズちゃんの方へとその距離を詰めて行く。十メートルにも満たないその長さはあっと言う間に縮まって、バイクの傍ら、煙草を吸う彼の隣に並ぶかたちでまた海を見つめる。実際は空を見ているのか海を見ているのかよくわからない。離れた街灯はとてもじゃないがその境を照らし出すなんてことはできなかったから。
「海に来るほど嫌なことあったのかよ」
「うーん……べつに。これといっていつも通りの日常」
「…何だそりゃ。そんなワケわかんねぇ理由で突然呼び出すのやめろっていっつも言ってんじゃねーか」
「じゃあ来なきゃいいじゃん」
夜の九時を回ってから担任教師の彼を呼び出した俺の言い分は、自分でも実に滅茶苦茶だと思う。学校が終わってから家に帰ることはせずに、ファーストフード店やコンビニで立読みをして時間を潰したのちに、電話で今から海行きたい駅で待ってる、それだけ告げて一方的に通話を切った。もっと単純に言うなら勝手な子どもものわがまま、それそのものだったと思う。
そうだ、おれは確かに強引に電話を切りはしたけれど別に無理強いはしていない。いや、無理強いなのかもしれないけれど少なくとも俺にとっては無理強いじゃあない。来る来ないの選択肢は電話という曖昧なツールによって与えたつもりだし、来ないなら来ないで構わなかった。結果論でならもう今は何とでも言える。
海が見たかったような気がした、だから海に行きたかった。ついでに会いたいと思った、でも今思うとどちらがついでだったのかなぁとまるで他人事のように思ったりもする。
自分で言うのは何だか癪だが、結局のところは何もかもが子どもでしかないということになるだろう。建前や理由のひとつでもなければ、会いたいから来てという素直な言葉は口が裂けても言えない事を、誰でもない自分が嫌というほどわかっていた。
「おら、満足したなら帰るぞ」
ぽん、とシズちゃんの手から投げ渡されたヘルメットを受け取る。危なげなくキャッチしたそれとシズちゃんを交互に見つめると、俺たち二人の間をちょうど強めの風が吹き抜けて行った。
「今日、泊まっていい?」
「…はぁ?またかよ」
「一人の家帰ってもつまんない」
「俺と居たって面白くもねぇだろ。狭いだの煙草臭いだの来るたび文句ばっかじゃねーか」
「文句じゃなくてあれはただ単純に思ったままの感想だから」
「一緒だ、このバカ」
いーから被れ、一度は手渡されたはずのヘルメットはまたシズちゃんの手に攫われ、ぽすんと無理矢理そのまま頭にはめられてしまう。渋々と顎紐を締めながらはーいと返事を返して、バイクにシズちゃんが跨るや否やごうんと独特の轟音が響いてエンジンがかかる。
すっかり聞き慣れてしまった音は、今日だって俺が駅前で一人待っているその時にも、バイクがその姿を見せない内から響くその音で、ちゃんとシズちゃんが来てくれたことを知らせてくれた。
数か月前まで胸を張れるほど立派な不登校時だった俺が、シズちゃんとこういう関係になってから流れた月日はそう長くない。
関係と胸を張れるほどのつながりは何もないけれど、ただ気に入らないからという理不尽な理由で散々子ども悪戯の枠を逸脱した嫌がらせを繰り返していた。しかし彼ときたら、その上を行く型破りさでそれらの悪戯を難なく交わし、結果的に俺の仕出かしたことは何の意味も持たずに終わった。
あげくの果てには毎日のように自宅に押し掛けてはきて、学校に来いと散々に訴えられ続けた結果、ついに根負けした俺は、今では毎日真面目に学校に通う優良児へと成り果ててしまっている。
それでも、言わば彼が担当している社会科とホームルームのために学校へと足急く通っているようなものである。勉強は元からしなくともできる、周りのようにわざわざ通わなければならない理由がない。だから以前は通わなかったのだ。だけど今は、こうして通うための理由ができてしまった。
元ヤンで金髪、やたらと爆音を響かせるバイクに跨り登校する彼は、初見ならば冗談であろうと教師だなんて職業を言い当てることはできないだろう。気分次第で授業の内容は変わるし、自習と称して自分は教卓で漫画を読み耽るなんて日もそう珍しくはない。教頭や校長は酷くその存在を煙たがっていたが、何でも学園長にやたらと気に入られているとかいないとか。
「手前の親」
「なに?」
「帰って来ねぇのかよ、夏休みとか盆くらい」
「はは、来ないよ。来るわけないじゃん」
シズちゃんだってわかってるくせに、と笑いながら答えたものの、自分でも驚くほど明るい声が出てしまい、逆に不自然さを煽ってしまった気がした。
俺の両親は共働きで、尚且つちょっとと言わず大分変った人格の持ち主たちである。俺が高校に上がる頃にはもう海外に渡ったら渡りっぱなしで、一年に一度二度仕事の都合で帰国するかしないかといった状況が当たり前だった。
だだっ広いファミリー用のマンションには、俺が一人で暮らしている。有り余った部屋と見掛けばかりの冷えた空間が俺は余り好きじゃなかった。だからこそ担任であるシズちゃんに、教え子であるという盾を振りかざしてはこうして時折泊めてくれと強請るのだ。
シートに跨ったまま煙草をまた消して、そこから少しの沈黙が流れる。バイクの音と波の音が混じって静かになることはなかったけれど、今のはシズちゃんが悪いと思った。そんな下らないことを聞いてきたりしなければ、こんな後味の悪い空気を味わうことはなかったというのに。
「お前ぜってー床で寝ろよ」
「床でも玄関でも何処でもいーよ。部屋入れてくれるならそれで」
そうは言うものの、何度かシズちゃんの家に転がり込んで今までのケースにおいて、俺が床や玄関というベット以外のスペースで眠りに就くことはなかった。寝る前にはいつもぶつくさと文句を言いながら、寝袋だったり毛布だったりに身を包んだシズちゃんが床で眠り、ぎしぎし音の鳴る安っぽいパイプベットは俺一人が占領している。そう、一生徒が無茶振りで呼び出しても律儀に駆け付けてくれて、結局泊まらせてくれて、何だかんだで優しいことを十分この身を以ていて実感していた。
家族のことは嫌いじゃなかった。と言うより、そう嫌いになるほどの関わりと理由もなかった。それでもシズちゃんのことは好きだった。下らないつまらない何の利益も生み出すことのない世界が、まるで違ったものに生まれ変わって行くのを感じていた。それは同時に叶わない恋の目覚めでもあったのだけれど。
こうして呼び出せば来てくれるといったって、それは同じクラスの女子ならば誰だって彼は同じように振る舞うのかも知れない。泊めてくれと言われて相手の家庭に稀な事情があれば、文句を言いながら結局は泊めてあげるのかも知れないと。
「…お前いい加減その短いスカートでバイク乗んの止めろっての」
「えー?下ちゃんと短いやつ履いてるから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃなくて道徳的な問題だ」
「道徳ってなに?難しいことよくわかんなーい」
ひょいとバイクの後ろに跨りながらとぼけた声を上げると、シズちゃんが深い溜息を吐いたのがわかった。何とでも思うがいい、生徒としてだって何だって振りかざせるものは全て使ってやる。だって、それすらなければきっとこうして側に居ること自体が叶わない。
彼の自由奔放な態度への憧れは、いつしか抱くものの境界線がじわりじわりと溶けてわからなくなってしまった。夜の海を眺めていて感じたことはそんなつまらないことだけれど、その世界そのものが俺だとするなら、不思議とそんなポエマーな発想もすんなりと受け入れることができてしまう。
俺は真っ黒な夜だ、きらきらの太陽に焦がれるけれどずっと一緒には居られない気がしている。あきらめの悪さは自慢でもあり、それが長けければ長いほど傷付くときの痛みの深さを濃くしていることにも気付いていた。
人を見下して生きてきた俺は、一個人に自らの全てを明け渡すことは一生叶わないとばかり信じ抜いて来た。それでも焦がれれば焦がれるほど何が何でも欲しくなったし、フィルターのかかった視界が彼の姿を捉えるだけで息が詰まる。こんな感覚は初めてだった。
エンジン音が変わると、ゆっくりとバイクが砂の混じったアスファルトの上を走り出して行く。徐々にスピードが増してゆくと、俺は半袖から伸びた腕を彼の引き締まった腰にするりと絡み付かせて、そこにぎゅっとしがみ付いた。
たとえ片道だろうとこうして抱き締めることができるのは、シズちゃんがバイクに乗っていたからこその特権だった。だから俺は海に行きたかったのだと思う。バイクの要らない近場じゃ電車と徒歩で終了してしまう。ほんの少し熱い温度を纏った背中に、力を込めて身をもたれさせると、バイクは更にぐんとその速度を増した。
ヘルメットからはみ出した髪が四方八方に散らばって鬱陶しさも感じるけれど、それでもスピードに同化して風を受けるこの感じが好きだ。視界に映る景色はあっと言う間に後方に流れて行き、光の残像だけが残り胸がほんの少しどきどきする。
潮の香りは遠くなり、今度は彼に沁みついている煙草の匂いが濃くなった。煙たい副流煙は好きになれないけれど、彼から香る煙草の香りを嗅ぐと酷く心が落ち着く。そんな駄目な体質へと、ゆっくりゆっくり俺の脳の中枢は麻痺して行くばかりだった。
「ねー、夜ごはん買ってかえろーよ!」
「あー?」
風とバイクの音が重なり合うなかで張り上げた声は、何とか彼に届いているらしい。こちらを振り向くことのない背中を抱き締めながら、感じることはただ離したくないというそんな欲望だけだ。
呼び出しが数を重ね何度目かの迎えたころ、シズちゃんはそれまで俺一人に被らせていたヘルメットの数を、何も言わずにひとつ増やしてくれた。たったそれだけのことだ、俺が冗談交じりに好きだのなんだのと幾ら捲し立てようと、今度は教師と生徒という立場を盾に簡単にそれらは受け流されてしまう。
知能指数が幾らあろうと同じことだった。それで幾ら難問が解けようとも、それが彼が必要としないことならば俺にとってそれらは何の意味も持たない。
夜食は恐らく俺の嫌いなファーストフードだろうけれど、今日はそれが許せてしまいそうな気分に襲われてしまっていてどうにも複雑だった。風ばかりが頬を掠めて、見つめる視界がいつも通りというそれだけで何だか涙が滲んで来る。幸せだと感じればそれは同時に、いつか離れるときの怖さを俺にそっと残して行く気ばかりしていた。
優しい、だけど優しくない、怖い。これはいつも通りに優しいシズちゃんがどうこうというわけでもなく、そうつまり、ただ夜だけが俺に優しくなかった。