美容師設定で風呂上り甘楽ちゃんに悶々とする静雄 | ナノ





★美容師設定で風呂上り甘楽ちゃんに悶々とする静雄




シズちゃんが口煩いのは今に始まったことではない。

髪のことに関してはもちろん、スカートの丈や肌の露出具合、身に着けているものを目ざとく貰い物かどうかを判別し、(雰囲気で俺が気に入って買ったものと適当に人に貰ったものかどうかがわかるらしい)それらの情報ひとつで彼の機嫌はいっそ面白いほど上昇と降下を繰り返す。

まず典型的な怒り方のパターンとしてひとつ、口数が極端に少なくなる。元々俺とは真逆で、ぺらぺら言葉を捲し立てるような性じゃないのは誰もが知っていることだけれど、機嫌が悪い時にはそれがさらにいつもの上を行く。ただ呼吸をしている、柄の悪さがこれでもかというほど露呈しまくっただけのとっつきにくい美容師になってしまうのだ。元々それに大差はないけれど。

俺なんかとはタイプが真逆のかわいいお客の女の子と巧みに会話を交わしていたら、きっとそれはそれで腹が立つんだろうけれどこれはこれでどうなのかと思う。あくまで美容師とてサービス業だ。そりゃあ技術だって勿論なくてはならないものなんだろうけれど、更に必要なものがあるとするならば、それは間違いなく接客スキルだろう。

お笑い芸人のようになれとまでは言わないが、それなりの会話を提供し客を作業段階においても楽しませたり、安心させたりというのは中々大事な条件だろう。どんな業種においてもリピーターというものはそうやって地道な努力の積み重ねのもと、じわりじわりと形成されて行くものだ。

そういう意味では、彼がそこそこと言わず中々の指名を得ることができているこの現状は、さてはて一体どうしたものだろうかと思う。いやまぁ上手いけど、別に俺は美容師の端くれでも何でもないしよくわからないけれど、彼は多分上手いという評価に値するだけの技術は持っている、と思う。たぶん。どこまでも言い分が曖昧なのは、結局俺には美容師の云々というやつがよくわからないからだ。自信はあるが根拠はそこに存在していない。

シズちゃんの愛想の悪さは伊達じゃない。いらっしゃいませは何とか言えてもそのあとの対応がとにかく酷い。ぼそりとどうしますかと呟いたあと、客が何も口にしてこない限り絶対に自らその口を開くことはない。あとは客の方が気を遣いながらおぼつかない会話を繰り返し、それでも何とか彼なりの接客に取り組んで、仕事としてはギリギリ一応成り立っているようだ。

俺のように言いたいことが言える気の強い客ならばまだしも、明らかに女性客が多い彼の場合、まず自分の意見をずばずば押し通すことは至難の業だろう。

ただ先程も言ったように、カットの腕前はドタチンですらお墨付きだと称賛するほどだ。可愛くなりたい世の中の女の子はこぞって彼の元を訪れる。それが故に仕事は有難いほどに忙しい、イコール俺は暇な時間を持て余す。別に恋人でも何でもないからそれで構わないし当然なんだろうけれど、要は何が言いたいかって、俺とて言ってやりたいことは山のようにある。それなのに彼が何一つ我慢をせず、口煩い父親のように色々と指図をしてくることが気に入らないのだ。








ばすん、勢いをつけて、髪をがしがし拭いていたバスタオルをシズちゃんの背中に向かって投げつけた。

結果としてそれは広くそれでも線の細い背中にぶち辺り、そのままぱさりと音を立ててフローリングの床上に落下する。先にシャワーを済ませていたシズちゃんは、その手に空っぽのグラスと牛乳パックをそれぞれ手にしてこちらを振り返り、不機嫌そうに眉を潜める。俺は濡れた前髪をてのひらで掻き上げて、負けじとふん、と鼻を鳴らしそんな自分勝手男を目一杯睨み返してやった。今さらそんな顔されたところで怯んでなどやるものか。

「水ちょうだい。氷入れたやつ」

「…喫茶店じゃねぇんだぞ。下さいくらい言えねーのか」

「水を一杯寄越してください。これでいい?」

なめてんのかこのアマ、そんなことを言いたげな視線がぴしりと部屋の空気をより一層険悪にしたが、そんなことは勿論お構いなしだ。何故ならばこうなってしまったのは元はと言えば何もかもシズちゃん一人が悪い。休日に珍しく店に出ないというのでここぞとばかりにと買い物に連れ出したのに、その合間に俺が街中でカットモデルのキャッチに捕まっただというのに、どうしてか今現在、異様なまでの険悪さに包まれてしまっている。

彼の機嫌が良いのか悪いのかよくわからないのはいつものことだったからそれでいいけれど、自分だってナンパじみた似た様な真似をして俺とこうなるまでに至った癖に、ほんのちょっと何処かの美容師の男に髪を触られたくらいで口を利かなくなってしまうのは本当にどうかと思う。

独占欲の意味合いだけを汲み取って、嬉しいなぁだなんて都合の良い勘違いを続けていられるほど俺の片思いはそこまで穏便でも無い。
それこそ本当は仕事でだって他の女の髪に触れるのだって面白くないし、鏡越しに目が合うだけでも苛立ちは増す。

それなのにシズちゃんときたら、俺が髪一本触れられただけでまるっと人に対して無視を決め込んでしまうほどの有り得ない心のキャパの狭さだ。そしてそれをポジティブに捉えられない理由の決定的な一打ときたら、シズちゃんのそれらの熱心な嫉妬心は、全ては俺の髪に向けられているものが大半という理由が全てだった。

ついでと呼ばれるに相応しい俺の存在は、彼の中では所詮、その髪もしくは花が生えている植木鉢か土壌のような位置付けに違いない。だから口煩いのは頷ける。髪が綺麗に見えるように、髪の気品が失われないように、土台の俺にそれはもう口煩くあれこれと難癖をつけてくるし思い通りにならないとすぐに不機嫌になる。まるで幼い子どものように。

結局買い物を気取って仕掛けたデートは道端で言い合いの喧嘩から始まり、ほぼ無言でランチを済ませて居心地が悪いままただ時間だけが流れて、帰り際にいつもみたく部屋に連れ込まれて終電を逃し泊まるという羽目になってしまった。そして今シャワーを借りたという次第である。

先にシャワーを浴びたシズちゃんに電車がないならタクシーで帰るとごねたら、言葉もなく洗濯をして綺麗に畳まれていたTシャツを一枚とジャージのハーフパンツを投げつけられた。いらねーよと投げ返してやろうかとも思ったが、むかつく反面ほんのちょっと当たり前にそんなことをされて、嬉しいと思ってしまった自分も確かにそこにいた。だから結局むかついた、自分にもシズちゃんにもだ。

「おい」

「…なに」

「何で下のジャージ履いてねぇんだよ。着替え貸してやったろうが」

「ああ、あれウエストぶかぶかでずり落ちるから意味ないんだもん。これ丈長いし寝るだけだし別にいいじゃん」

しれっと応えたら、どうしてかシズちゃんの表情はいっそ異様なまでに妙な引き攣り具合を見せる。純粋にその意味がわからずに首を傾げたら、はーっとその口から長くて思い溜息が吐き出され、ますますその意味は不明なままでしかない。

「…そういう問題じゃねぇよ」

「はぁ?じゃあ一体全体どういう問題?」

「うるせーよ。いま髪乾かすからちょっとあっち行って座ってろ」

「………はぁ?」

成り立たない会話と一人でその場を受け流してしまおうとするその様子に、ここまで何とか我慢を繰り返していた俺の思考回路は限界に達した。いや、好き放題口から出まかせを含めて口喧嘩をしてしまっている時点で、そんなことを言う権利こそありはしないかも知れないが、それでもこの場合の俺の言い分はきっと間違ってはいないはずだ。言いたいことがあるならはっきり言え、と。

ぺたぺたと裸足の足を逸らせ彼の間近へと詰め寄り、十センチほど高い顔を見上げきっと鋭い視線を向け睨み付ける。呆気にとられたような表情とその口が何かを言う前にと、俺は濡れてぴたりと肌に張りついていた髪を耳に掻き上げてから口を開いた。

「あのさぁ、一体なんなの?普段あーしろこーしろって髪のことにはいちいち小姑みたいに煩いくせして、何か都合あると黙るわけわかんない真似やめてよ。すっごい気分悪いんだけど?」

「誰が小姑だ、誰が!」

「じゃあ言えよ」

それはもう偉そうに言い放つと、シズちゃんは口籠りあー、という妙な音をその口から発しながらきょろきょろと視線を気まずそうに泳がせ始める。

「なに」

「………いや」

「何って聞いてんだけど」

その瞳はやはり彷徨うばかりで一向に落ち着かず、先回りしようとしてもまた直ぐに逸らされ逃げられてしまう。なんだろうかこれは、気に食わないことは気に食わないが、どうにも先程までの状況とはややズレが生じてしまっているような気がしてならない。

「………いーからこれ巻け。んであっち座ってろ」

いまドライヤー取って来る、と。そんな言葉と一緒に押し付けられたのは、ついさっき俺がシズちゃんに向かって投げつけたふかふかのバスタオルだった。巻いてろ、という言葉の意味がわからず一瞬何のことだろうかとも思ったが、どうやら会話の流れからして足を隠せという意図で間違いはないだろう。

憶測ではあるが、そこで余りにささやかすぎる、可能性と呼ぶに値すらしない可能性もどきが生まれた。試すというほどでもないが、俺は今シズちゃんの首元も胴回りもぶかぶかのTシャツ一枚という何とも貧相な格好である。下は履いていないので、太股の真ん中辺りからは真っ白の足がそのまま曝け出されたままの状態だ。

「…ほれ」

既に寝巻きに身を包んでいるシズちゃんの脚に、自らの脚を上げてそのまま布越しに擦り付けてやる。勿論じっと観察するように見つめた視線は外さないままで、すりすりと何度かそうしてやれば、面白いほど目の前の顔やその身体はびくりと跳ねて強張った。

「っ、な、」

「…あ、なに、やっぱりこれ?うわぁ、予想外」

「なにして、おい、止めろ」

「ベタだなぁ……彼シャツと生脚に弱いなんて意外と可愛いところあるじゃん」

「はぁ……っ?」

思わず口元がにやにやと笑んでしまうのをやめられない、無意識だけれどそんな表情を浮かべてしまっている自覚だけはあった。がたんと後ずさりキッチンのシンクに後ろ手をつくシズちゃんの動揺っぷりはそれはもう面白くて、俺は更にと足をまるで絡み付かせるようにしつつ、彼にぴったりと身を寄せて足をめいっぱい擦り付ける。

「ほれほれ、触りたかったら触ればぁ?有料だけど安くしとくよ?」

「煩ぇよ黙れ!離れろ!髪乾かしてやんねぇぞ!」

「はぁ?何言っちゃってんの結局乾かしたいの自分の癖に?いいよ別に、俺このまま寝るもん」

「ふざけんなぶっ殺すぞ」

「じゃあ乾かさせて下さいお願いしますって言え」

「…っ、手前なぁ」

調子に乗りやがってと彼の表情はまた不機嫌の度合いを色濃くしたけれど、俺が脚をすり寄せると一瞬その勢いは怯んでしまったりするから可愛いったらない。無口で無愛想で、まるでロボットのようにそつなく仕事をこなすだけの、怒り以外は極端に感情表現が下手くそなシズちゃんがこんな状態になることはそれはもう酷く珍しいことだからだ。

しかし事実、険悪な雰囲気があっと言う間に一掃されてしまっていたが故に、俺も若干ではあるが調子に乗ってしまっていた節はあった。ちっ、と舌打ちをしたシズちゃんは突然俺の腰に腕を回したかと思うと、ぐいと強い力が働いてそのままあっさりバランスを崩して抱き込まれてしまう。

おお、と。予想外の状況に驚いて瞳を瞬かせていると、上からやたらと真面目な表情が俺の顔を伺うようにして覗き込んで来る。真っ直ぐ綺麗にぶつかる視線に呼吸が止まって、金髪と瞳のコントラストが絶妙だなぁなんて酷く呑気な事を考えていた。




「………おい、食われてぇのか」



低い声が間近でそう囁いて、出掛けていた筈の気まずさは驚きの速さで俺たち二人の元へと舞い戻って来てしまった。それはどう見てもシズちゃんの所為であったけれど、じゃあ俺が悪くないかと言えばそうでもないので馬鹿じゃないのかと嘲笑ってやることもできない。って言うか、それこそ馬鹿みたいな話だけれど、予想外を超える超予想外な台詞に、頭の奥のいちばん大事な部分が破壊されてしまった気分だった。

ここで食われたいです、と素直に答えられる性格であるならば俺とシズちゃんはもうちょっとマトモな間柄になれていただろう。当然その一言が言えないままで、俺たちには何ら変化などは訪れないままだった。

それでも問い掛けられているのは紛れもなく自分だったし、早く何かを答えなければならない。ぽたりと前髪から垂れた水滴が頬に落ちて冷たい感触が輪郭を伝い、それで漸く俺は我に返ることができた。
けれど言葉を生み出す部分は駄目になってしまっているから、やっぱりいつものような上手い言葉はなにひとつ口を切ってはくれない。ぽたり、長い毛先からフローリングに水滴が落ちる音すらも耳に届くほど、いやに神経は澄み切ってしまっている。そんな俺の苦し紛れの言い分ときたら、それはそれはもうシズちゃんに負けず劣らず、真顔で言い除けるものとしては実に意味のわからないものだった。







「………かみ、乾かしてください」





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このあと結局気まずい








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