動物と戯れる静雄があまり構ってくれずヤキモチを妬く臨也 | ナノ



★動物と戯れる静雄があまり構ってくれずヤキモチを妬く臨也



彼は今可愛らしい女の子に夢中だ。

彼女は透き通るようなブルーアイズに、艶々とした毛並はグレーの色合いを帯びていて、一目で普段から飼い主の寵愛を受けているということがまるで手に取るようにわかる。
その顔周りを骨ばった指先がやさしく繰り返し撫でると、にゃう、小さく可愛らしい音を響かせその目をうっとりと細めていた。どうやら気持ちがいいらしい。俺にとってもその様子が可愛らしいというのはまぁわからなくもないが、それにしたって余り面白くはない。

一体いつまでそうしているつもりなのかと、そんな女々しい台詞を死んでも吐きたくない俺からしてみたら、今の状態といったら本当に宙ぶらりんで、逆にすることがない暇人のような酷く虚しい立場に位置してしまっている気がした。何故だ、どうしてこうなった。

「ばか、くすぐってぇよ」

そんな俺の気など知ってか知らずか、相も変わらずシズちゃんは灰色のすらりとした猫を抱き上げたまま、床上に座り込みただひたすらにそれとじゃれ合っていたりする。その様子は傍から見れば何とも微笑ましい光景そのものだったが、段々と時間を追うごとにそのビジョンにやたらと苛立ちを覚え始めていた。俺から言わせて貰うならまだそれが無自覚じゃないだけマシだった、と思う。

シズちゃんの田中とかいう上司の、知り合いのツテで今夜一晩預かることになったらしいのがその問題の猫だ。田中も田中で預かったものをたらい回しにするくらいなら最初っから預かるなよ、俺は一人そんな事を思う。猫に苛立ったりシズちゃんの上司に苛立ったりと、実に感情は忙しなかった。正直そのターゲットは何だって良かったし、とにかく苛々している自覚だけは大いにあったけれど。

俺とシズちゃんがこうしてどちらかの部屋でまったりとした時間を過ごすのは、実に三週間振りのことだった。珍しく彼が電話を掛けてきたものだから、俺は慌ててというより無理矢理仕事を片付けて、それでも忙しい中わざわざ来てやったんだけど感を装いながらそれとなく、いつも通りシズちゃんのオンボロアパートへと訪れた。

しかし内鍵を開き、よぉと珍しくの招き入れる体制を取ったシズちゃんの片手に、明らかにおかしなものが抱えられていた。ぶらんと重力にならう前足と後ろ足、それよりも更に長いゆらゆら揺れる尻尾。この時点でぬいぐるみという案はあっさりと排除されることになる。電池式にしたってここまで器用には動かないだろう。そもそもシズちゃんがそんなものを片手に俺を出迎えって、笑いたくとも笑えぬ冗談だ。

そして諸々の事情を察し、俺は一瞬だけ途方に暮れた。日頃の行いがどうとかいう問題でもないが、どうしてよりにもよって今日なのかと。たまたまと言ってしまえばそれまでの、それでもならばどうしてこの日を選んだのかと問い質したくなるタイミングでの訪問者は、俺を見て青色の瞳をぱちくりと瞬かせて、にゃあと何とも呑気な泣き声を上げた。

それから延々、シズちゃんときたら俺のことなど空気扱いのほったらかし具合で、飽きることもせず猫と会話を続けている。どちらかと言えば一方的なシズちゃんの独り言なのだが、猫も猫で妙にタイミングよく鳴いてみたりぺろぺろとその指を舐めてみたりと、実につじつまのあった反応を見せるために、出来過ぎたミラクルな会話もどきが終了する気配は一向に訪れることはない。

俺はと言うと、最初はそんな二人の様子をぼんやり眺めていたのだが、先程言ったように途中からはそれも止めてテレビのチャンネルを適当に変えたりしながら、空気らしく大人しく静かに過ごしていたりする。因みにこの部屋に来てから軽く一時間半近く経過しているが、未だにシズちゃんに触れてさえいない。放置プレイどころかもはや、仕事を放り投げてここに駆け付けた理由を見失いかけていた。

手持無沙汰になっていたリモコンを放り出すと、俺は寄り掛かっていたベッドの中へとのそのそ潜り込む。もうこうなったら寝るのが一番いい、睡眠状態になれば視界も聴覚も何もかもがシャットダウンされて、尚且つ疲れきった身体に休息を与えることができる。そうだ、俺は疲れている。だからベッドで眠りにつくことは何ら自然な動作のはずだ。そう、断じて他意などはない。最初から眠るためだめにここに来たと思い込めば全てがそういう事実になる。

「寝るのか?」

「寝る」

「じゃあ俺も寝る」

なんでだよと突っ込むのも面倒で、黙りこんだまま布団の中でじっとしていたら、カチンとシズちゃんが電気の紐を引いてあっと言う間に部屋は暗闇に包まれてしまった。テレビは点いたまんまだったから、忙しなく色を変える光が壁をちかちかと照らし出してはいる。

お前はこっちな、言い聞かせるような声が聞こえて、暫くするとシズちゃんは俺の被っていた布団を捲り上げてそのまま横の空いたスペースに滑り込んできた。空いた、とは言っても酷く狭い一メートルにも満たない余白だ。だからシズちゃんは俺との距離をできるだけ詰めて、やがて身体と身体が重なり合い熱が伝わるほどになる。ぴたりと寄せ合った身に、するりと自然を装ったような動きで腕が絡み付いてきて思わず目を細めた。嫌悪の意味合いではないけれど。

「…シズちゃんさぁ」

「なんだよ」

「猫好きなら猫飼えばいいじゃん。そしたら毎日こうやって抱っこして眠れるし」

「馬鹿か。いらねぇよ」

なんでだよ。抱きすくめられた腕の中で身じろぎをすると、大人しくしてろと制されるようにぎゅうとシズちゃんの手に力が篭った。


「寝てる間に壊しちまいそうで怖い」


しん、これまた実にタイミングよくテレビの中の音が止んで、部屋にはおそろしいほどの静寂がほんの一瞬訪れる。その瞬間頭を過ったことがシズちゃんと俺で異なっていたかどうかは知らないが、まるで心臓の裏側を掠めるような何かが通り過ぎていった気がした。べつに傷になるわけでも何でもないのに、こういうわけのわからない真似は本当に止めて欲しい。もっとも、そこまで俺は自分をコントロールするに至っていないのだから、結局は自分が情けないだけの話だけれど。

「…だからって人のこと猫扱いしないでくれる」

「こんなでけぇ猫いらねーよ」

「じゃあそこの小さくて可愛い猫と寝れば?」

何だか面倒臭い女みたいな台詞が思わず出てしまったが、もう今更取り返しはつかなかった。吸い込んでなかったことにできるならそうしたい所だけれどそんなはずはない。そうだからつまり、何がいやだってこういう所がもう嫌だ。

「猫相手にやいてんのかよ」

「やいてねーよ黙れこの単細胞」

「手前は壊れねぇだろうが。第一そんな簡単に壊しちまうんだったらわざわざ呼び付けたりしねぇっての」

「はぁ…?」

意味がわからなくて思い切りひねくれた声で答えると、片方の手が頭に伸びてきてくしゃくしゃと髪を掻き混ぜられた。やわらかく指先に絡められて、また撫でつけられて元に戻る。シズちゃんは大抵意味がわからない行動を起こすことが多いけれど、やっぱり今回も例の如くわけのわからなさは健在だ。会話と行動のつながりが意味する結果が何一つとして見えてこない。どう考えてもただ猫扱いされているだけだ。

「確かにお前は犬よりは猫だな。誰にでも擦り寄ってくところとかそっくりじゃねぇか」

「大型犬に言われたくないよ」

「うるせぇ」

たった一言で一蹴されて、はぁと短く溜息を吐いた。その間も髪は繰り返し撫でられるので、やっぱりあの毛玉と同等の扱いを受けている気がしてならない。もうここまで来るとどうでもいいし、結果的には触れられてしまえば俺の場合何もかもの境界線が見えなくなってしまうところが困る。もっときっちり線を引いて、あとからややこしいことにならないようにしておきたいと言うのに。

ぐるりと腕の中で身体を回し、シズちゃんに向き直りその顔を見上げた。手のひらはそのままにしておいて結局退けることもしない、何だかんだで気持ちが良かった。

「俺に鳴いて欲しいわけ?」

「鳴くのかよ。やらねぇだろ手前は」

観点はそこなのかと、呆れも混じりはしたがそれでも狭いベッドの上だ。俺はそれを言い訳にしながら身をすり寄せて、首元に額を押し付けてあたたかい熱に頭を埋める。

「鳴かせて」

「…ああ?」

「鳴かせてみてよ」

身勝手に言葉を紡ぐくちびるの動きは、時折シズちゃんの肌の上に触れて痺れを生む。このまま噛み付いてやりたかったけれど、どうせ化け物の身体にはかすり傷すら残すこともできやしない。できるだけ無駄なことはしたくないのだ。

ばさりと布団と一緒にシズちゃんが身体を起こして、そのまま覆い被さられて思わず天井を仰いだ。テレビの瞬く光が部屋着でぼさぼさ頭のシズちゃんを時折照らし出して、俺は何をするでもなくそれをじっと見上げる。わからない、無表情を気取っていたつもりだけれど、もしかしたら勝手に口が笑ってしまっていたかも知れない。



「…上等じゃねーか」



その瞬間はたぶん笑った自覚があった、微笑むでもなくただ笑った。おかしかったからだ。何がって言うなら、猫一匹相手にここまで下らない感情を抱く自分自身と、そんな俺に翻弄されるシズちゃんがだ。
するりと長い尻尾の代わりに腕を首に回し、鳴き声の代わりにうん、とだけ意味のわからない一言を静かに返した。猫に似ているだとかでかい猫だとか実に心外な話である、俺が猫のように誰にでも媚びると思ったら大間違いだ。






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