境の隙間をぬうひと

友好の上に成り立つ同盟こそが理想だ。しかし、実態はそうではないのだということを、劉備は初めて実感した。
城内を歩くだけで突き刺さる視線は決して柔らかなものではなく、張り詰めた拒絶の意を刻々と示すものでしか無かったからだ。
「…劉備殿、どうされましたかな?」
側についていた陳宮が、悠然とした笑みを貼り付けたまま劉備を覗き込む。過剰な動きだ、と劉備は思った。されども其れはいつものことであるし、黒の双眸に隠された案じの色は心地よいものであったので、劉備は別段気にせずに笑みを浮かべた。
「いや、なんでもないのだ。……只、美しい城だと」
大徳を冠するその言葉の紡ぎは、しかしそれこそが作り物だと陳宮は知っていた。愉悦を覚えたまま、そうですな、と同意を謳う。
「ああ。本当に……」
言葉を切った劉備が、不意に後ろを向き直った。歩いてきた魯粛が、人当たりの良い笑みを浮かべる。
「劉備殿、おまたせして申し訳ない」
「ありがとう、魯粛殿」
茶目っ気の滲む笑みを浮かべた魯粛に、劉備が同じような笑みを浮かべてみせる。孫呉陣内にこのような人間が居たことは幸いなのだろうと、陳宮は心内で零した。







「此度の同盟、感謝します」
硬い顔をしている孫権と対照的な笑みは、世間に語られる劉備の印象とは異なるもので、孫権は苦い顔をした。人払いなどしてしまったのは失敗かもしれない、と。
「いいえ、此方こそ、ですね。……それと、もう一つ」
そこで不意に言葉を切り、劉備は孫権の目を見据えた。
「謀略はお好きですか?」
「……は、?」
「疑うことは、欺くことは、思い悩むことは、苦しむことは、片時も休まらぬ心を抱えることは、悲しむことは、…お好きですか?」
思わず阿呆の様なかおをした孫権の心は、ゆっくりと咀嚼した言葉を顧みてざわりと波立つ。
「そんなわけは無いだろう」
なんとかそれだけを口にした孫権に満足気に頷いた劉備は、得意げな顔を隠しもせずに言った。
「なら悩みの種は減らすべきですよねー?」
「…あ、ああ」
戸惑いがちな相槌を気にすることもなく、劉備は言葉を連ねる。
「正直な所、この同盟は利害によって示された急ごしらえの脆いものです。……ですが」
劉備はゆうるりと唇を釣り上げた。まるで狐のようだ、と孫権は一瞬思う。しかし彼の纏う空気は、人を化かすという風にはどうしても思えなかった。確かな願いが、その言葉には込められている。
「私は貴方と友達になりたい。国としても、個人としても」
穏やかであたたかな思いが、孫権の心にじわりと滲んだ。乱世の中で、戦乱の中で息をしていながら、この人はこんなにも真っ直ぐに居た。劉備の目に揺れる僅かな不安を拭い去るように、今度は孫権から微笑んでみせる。
「ああ!……よろしく頼む、劉備殿」
あくまで利害の一致だったそれは、この時確かな輪郭をもってそこにあった。





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同盟同盟!
赤壁です。
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