宝物を隠して、

朝から自室にこもってもう夜になってしまった。少々急ぎ足で場内を歩く。
ガチャガチャと書簡が音を立てた。

「見ろ…アレが噂の劉禅様だぜ…」
「劉備殿もかわいそうになぁ……」


よく暗愚、といわれる。
薬草があったから摘みに行ったら呑気に遠駆けに行ったと誤解され、治水するとして土質はどうかとあちこちサンプルで比べていたらこの年で土遊びをしていると誤解され。
……まぁそれ自体は仕方あるまい。現代人だった私は多分、この時代の人からするとずっと頼りないのだから。

しかし、城内を歩いているだけでこのザマである。
武芸の稽古を抜けだしたのは謝ろう。視界の端にクローバーがあったんで、これで四輪農法ができる!とつい浮足立ってしまった。
いくさいくない。
私は内政がしたいのだ。
現代人な上、蜀漢王の時代として生ぬるく育ってしまった私は、戦が怖くて仕方ない。
民や兵達の命が助かるならば、冨も名声もいらない。…そのせいで劉備殿を少しでも貶めてしまうのは、心苦しくて仕方ないけれど。

突き刺さる視線が痛いので、書簡の中身の話をしよう。
四輪農法、というものがある。
オオムギ→クローバー→コムギ→じゃがいも→オオムギ……
これらを一年ごとに植えていく農法だ。じゃがいもじゃなくてかぶだったりもするが、兵糧に何かと便利なのでこれでいいと思う。
牧草栽培することにより家畜を冬場でも殺さずに済み、穀物の生産があがる。
それにともなって人口アップ、つまり国力もアップさせようという狙いだ。
いわゆるノーフォーク農法である。
やるなら早いほうがいいし、内政といえば孔明だろう。これを書簡にまとめて彼の部屋に向かっているのはそういう訳だ。
私みたいな暗愚がいきなり農法をあーだこーだ云うよりも、孔明に通してもらった方が数倍スムーズにいく。

「…孔明」

この時代の部屋にはドアがない。小さく声をかけた後中を覗き見ると、声に気づいていないのかサラサラと筆を滑らせていた。
「孔明?」
二度目で顔を上げた孔明が、訝しむように目を細めた。
「劉禅殿」
こんな時間に何のようですか?と言外に言い含められた言葉を微笑でごまかし、書簡を見せる。
「忙しい所すまない。これを組み込む余裕はあるだろうか?」
書簡を軽く流し読んだ孔明が、驚いたように私を見た。

「これは…」

「四輪農法というのだ。一度あたりの収穫量はわずかに下がるが、それ以上の結果が望めると思う」

「……分かりました。検討しましょう」
尚も孔明は視線をはずさない。その視線の意味は読めなかった。
…否。あえて読ませないようにしているのか。

「ありがとう、孔明」

この農法は18世紀のものだ。この時代にあってはいけないもの。
未来のことは知らなくても、異質さを感じ取ることなんて孔明には容易いことなのだろう。

「明日も早い。早く寝るのだぞ?」

ただ、私はもう少し、何も知らないふりをしていたい。




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うちの成り代わり劉禅さんの評価は原作よりも更に倍程度低いです。
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