記憶瓶を覗くよう

宴会の喧騒からそっと離れて、城の影で座り込んだ。
……ああ、逃げてきてしまった。

「博望坡なんて、そんなもの」

煌々と光る満月から目を逸らして、俯く。

「……貴方が羨ましいですよ、元直」

貴方は私と違って才能があるのに。
…前の記憶なんて無いのに。

「なのに貴方は私を羨ましいと言う」

私が凄いんじゃない。過去の人々が凄いのだ。
なのに。
みんな私を天才軍師、と。

「………何故でしょう」

どうにも今日はがんばれない。
献策する前から今日全て終わるまで、ずっと眠れなかったからかもしれない。
視線が痛くて怖くて、余裕を演じ続けるのに疲れたからかもしれない。
「これから」が重すぎて、恐ろしくて仕方がないからかもしれない。

考えるまでもない。…きっと、全部だ。

「……ああ、」
幾分と高度を増した月。
今までずいぶんと遠くに聞こえた喧騒が再び戻ってきて、我に返った。

これ以上いては怪しまれるかもしれない。
…いや、もう怪しまれているか。

壁に背を預けて立ち上がる。
じわじわと暗闇が忍び寄って、視界を真黒に染めて、
気がついた時にはぐらり、と。





ふ、と吐いた息が熱い。
「……諸葛亮、」

――この声はっ!

「…劉備殿!」
跳ね起きた私を寝台の中に押し戻して、劉備殿が笑う。
「すまない。無理をさせてしまったな…」
「……醜態をお見せしてしまいました、ね」
そんなことはないというように首を振った劉備殿が、軽く絞った布を額に置いた。
「熱がある。休んでいてくれ」
「いけません。執務が、まだなのです」
「だめだ。今日は仕事はするな」
咎めるような声で行って、双眸の上に手を置く。
暗くなった視界に、ゆったりとした眠気が迫ってきた。

「……すみま、せ…」

とうとう負けてしまって、ゆっくりと身を沈める。
暖かい手のひらに、どうしようもなく安心した。




「寝た、か」
寝息を立て始めたのを確認して、ゆっくりと手を離す。体温が離れていって、少し寂しく思った。
目の前で眠る彼は一体何を背負っているのだろう、と、思う。
何時もどこか気を詰めている彼が、今だけは休めているといい。

「おやすみ」






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