「ポケットの中汚いんだけど」

不満そうな南沢さんの声を無視して歩を進める。最初は朝と同様頭に乗っていたのだが、万が一落ちたら危険だとポケットに移したのだった。

「食べ終わった菓子の袋と一緒にするな」
「だってこっち携帯入ってますもん」

そう反対側のポケットを指差しながら言う。言ってから、携帯とゴミを同じポケットに入れればいいのだと気づいて曖昧に笑って一旦南沢さんを肩に乗せた。それから入っていたゴミを逆のポケットに突っ込んで、これでよしと南沢さんを戻した。

「ばーか」
「すいませんって。南沢さんのパシりちゃんとやってるんで勘弁してください」
「パシりって嫌味?」
「実際そうでしょ。部活で疲れてんのに誰にもバレないようにカバン2つ持って帰らされた挙げ句、家に帰ったのにもう一度南沢さんの家まで荷物取りに行かされてるんですから」
「やらなくてもお前は困んないじゃん」
「それは……俺が優しいからです」
「ああそうだな」

南沢さんはふわりと微笑んだ。そんなことはないと反論されると踏んでいた俺は言葉に詰まってしまう。俺が突然黙った理由なんて南沢さんはお見通しなんだろう。さっきとはまた違った笑い方で笑った。

「ばーかばーか」
「先輩になんて口きいてんだ」
「全部南沢さんが悪い」
「はぁ?」

憎まれ口を叩きながら歩いていると、あっという間に南沢さんの家の前に着いていた。南沢さんは自主的にポケットの中に隠れてしまっている。少し気合いを入れてドアの前に立つと、チャイムを押した。

ドアを開けて出てきたのは昨日の夜の電話と同じ声の女の人。南沢さんのお母さんだ。

「倉間くんじゃない、どうしたの?」
「みっ南沢さんの代わりに荷物を受け取りに来ました。あの、えっと、今日南沢さん足捻っちゃって。それで、休んでた方がいいから」

おばさん(というにはまだ早い気もするが)に覚えてもらえていたことが嬉しくて、さっきの気合いなんて吹っ飛んでしまった。噛み噛みだし声裏返るし。最悪。

「そうなの。ありがとう、倉間くん。篤志も素敵な後輩を持ったわね。ちょっと待っててくれるかしら」

バタバタとおばさんは嬉しそうに言って家の中へ入っていってしまった。再び閉じられたドアの前で俺は大きく溜息を吐いた。ポケットがふるふる震えている。携帯じゃない、南沢さんだ。絶対笑ってるし。ギリギリと歯軋りをしながらポケットを睨みつけていると、お待たせ、と中からおばさんが出てきた。

「はい、これが荷物。篤志によろしく言っておいてね。あとはこれ、倉間くんにお礼」
「これは…」

握らされたのは南沢さんの大好きなお菓子の箱だった。遠慮の言葉を口にする前に思わずそう言ってしまう。おばさんは篤志には内緒よとにこにこ笑って言った。今更わるいですとも言えずに、素直にありがとうございますと頭を下げた。

「いいのよ。倉間くん、わざわざありがとうね」
「いえ、此方こそ。南沢さんにはいつもお世話になってますし」
「ふふ、篤志にも見習ってほしいくらいだわ。じゃあまた家にも遊びに来てね」
「はい!」







南沢さんの家からもう大分離れたというのにポケットの中に潜った南沢さんはまだ出てこない。最初は寝ているのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。ときどきもぞもぞと動くその動きは明らかに起きている。

「南沢さーん?」

通行者がいなくなったときを見計らって呼びかけてみたらあっさりその顔をポケットから覗かせた。まるでハムスターか何かを飼っているみたいだとふと思う。そうしたら自然と頬が緩んでちょうどみっともない顔を見られてしまった。

「何ニヤニヤしてんだ」
「いえ、南沢さんが可愛いので」
「意味わかんねー」
「で、何で拗ねてんですか」
「拗ねてないけど。…けど、ソレ」

そう言って指さしたのは俺の持つお菓子の箱。コレ?と見せると南沢さんはコクリと頷いた。

「俺が楽しみに取っといたヤツ。母さん勝手に人に…」
「一緒に食べて、かもしれないっすよ」
「俺には内緒って言ってただろ」
「そういえば。まぁでも今の南沢さんじゃ食べきらないでしょ。一緒に食べましょう」
「ったく、バレバレだっての」

いつもは大人な南沢さんだけど、こういうところはひどく子供っぽい。そんなギャップにまた俺は弱いのかもしれない。悉く南沢さんには弱い俺に思わず自分で呆れて溜息を吐いた。









倉間母とか南沢母とか今更ながら完全に捏造ですね。



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