夏の終わり。夜には虫の声。窓を開ければ少しだけひんやりした風が入ってくる。カーテンがゆるく揺れるのを俺は少し眺めてから、目の前に置かれた参考書を見た。

季節の移り変わりとは早いもので、あっという間に秋になる。雷門を去ってから、もう数ヶ月になる。仲の良かった友人や後輩とも連絡をとることは減った。けれどどこにだっていいやつとはいるもので、付き合いは短いが、月山国光のサッカー部の面々とは楽しくやっている。まあ寂しくないと言ったら嘘になるが。

風に吹かれながら感傷にひたっていたら、いつの間にかうとうととしてしまっていたらしい。机の上で突然震えだした携帯にびくりと肩が跳ねた。誰も見ていないとはいえ少し恥ずかしい。こんな時間に誰だよ、時計を見ればもう少しで11時だった。

「…もしもし」
「あれ?もしかして寝てました?」

誰からかよく見ないで出てしまったがもうこの一言でわかった。倉間だ。最近あまり声を聞いていなかったが、俺に対してこういう言い方をするのはあいつくらいしかいない。

「寝てない。で、何?」
「ああ、そうそう。窓開けてみてください」
「窓?」

はい、とどこかわくわくしたように返事をした倉間に嫌な予感しかしなかった。これってよく顔見たくて来ちゃいましたって言って下に立ってるやつだろ。こんな夜に何してんだと思いつつ、カーテンを開けて外を見てしまう自分に苦笑いを零した。

「開けました?」
「まあ。いないけど」
「いない?……あっ、俺が来てると思ったんですか」
「は?違うのかよ」
「残念ながら違います。上見てください、上」
「……上?空?」

言われた通り夜空を見上げる。そういえば今日はやけに明るいな。その原因はすぐにわかった。空に煌々と光る満月。

「月が綺麗ですね!」
「何それ、愛の告白?」
「まあそれもありますけど、実際綺麗でしょ?」
「確かに、今日の月は綺麗だな。満月か」

それだけのためにわざわざ電話を掛けてきたのか。そう思ったら倉間が可愛く思えてきて、口元は無意識のうちに孤を描いていた。

「今日、ブルームーンらしいですよ」
「ブルームーン?」
「いや、俺も聞いただけでよく知らないんすけど、1ヶ月に2回目の満月らしいですよ」
「へえ…」
「次見られるのは3年後だそうです」
「意外と珍しいんだな」
「で、ブルームーン見ると幸せになれるって聞いたんで、南沢さんにもおすそ分けです!」

倉間の嬉しそうな声を聞きながら、俺はそのブルームーンを見つめた。倉間も今、この月を見ているのだろうか。先程までの感傷とも相まって、なんとなく不思議な気分になった。会いたい、なんて言えない。去ったのは自分だ。部活を引退しても勉強で忙しいと突き放したのも自分だ。そんな寂しい気持ちもあるが、何より。

「倉間」
「はい?」
「ありがとな」

どういたしまして!大声で言う倉間に思わず笑ってしまった。

「あとそれから、受験終わったらまたいっぱい会いましょう!ブルームーン見たし受験もバッチリです」

彼は俺を救うのが上手い。







2012.8.31 今夜はブルームーンらしいです
ちょっと南沢さん弱り気味。
倉間と南沢さんに幸あれ!
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テーマ「人外ファンタジー」
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