今日も部活が終わって、着替えも終わって。鞄を持って部室から出れば、既に帰ったはずの松風と西園がいた。思わず短い声が零れてしまった。あ、だか、え、だか、自分でもよくわからない声が。するとそれを聞き取った松風が俺の方を向いて、太陽みたいな笑顔を浮かべた。

「剣城!」

続いて西園も此方を振り返って俺の名を呼んだ、ような気がする。というのはもうそこに俺の意識がなかったからだ。いつもなら素通りするところを、間抜けな声を出して立ち止まってしまった言い訳を必死に探していたのだ。

「そうだ、剣城も一緒に帰ろう?」

西園の声は聞こえなかった。なのに、何故か松風の声だけははっきりと俺の耳に届くのだ。俺はそれまでの思考を止め、少し逡巡してから頷く。嬉しそうな松風の顔、声。

「良かった、断られたらどうしようって思ったんだ。葵が来たら、出発しよっか」

なるほど2人は空野を待っていたらしい。そういえばいつも3人で一緒に帰っている。少し考えればわかったはずなのに、と軽く自己嫌悪に陥っていると、向こうから空野が駆けてくるのが見えた。来た来た、と笑う西園に松風は笑みを返している。

「よしじゃあ帰ろっか。いこ、剣城」

先に歩き出す西園と空野を見ながら松風が言う。ああ、と短く返事をして、俺は松風と並んで歩き出した。



「松風」



立ち止まった俺を松風は不思議そうに見つめていた。何でもない。そう言えば松風はくすりと笑った。

「変な剣城」

俺を呼んでくれる優しい声はいつもと何ら変わらなかった。それで良かった。それ以上を望んではいない。俺がもし、こんな訳の分からない気持ちを吐露したところで、何にもならないのだ。このままでいても駄目だとわかっているのに、臆病な俺はそうやって逃げ続けていく。

「辛いことがあったら言って良いから」

力になれるかはわかんないけど、言いながら眉を下げて何かを察した松風は笑った。真っ直ぐ松風の瞳を見つめる。それから息を吸って、口から零れたのは。

「何でもない」

その表情、声が二度と俺に向けられることがなくなるくらいなら、俺はこのままでいたいと気持ちに蓋をする。ああこの思考は何度繰り返されたのだろう。

空を仰ぎながら、俺は松風の隣を歩いた。




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