「そしたら車田さんがさぁ」
「もうその話はやめてくださいよ……」
「何だよ聞かせろよ」
いつものように部活が終わって浜野と速水と帰路に就く。速水に起きた不幸な出来事を浜野はニコニコと楽しそうに話していた。だいたい話の結末は予想がつく。けれどげんなりしている速水の反応も楽しいし、浜野の口から聞くと面白いから仕方ない。俺は声を尖らせて先を促した。
「車田さんがダッシュトレインで速水を追っかけたんだ」
「いいえダッシュトレインG5でした」
こいつら一緒に漫才でもやったらいいのに。あぁでも2人ともなんだかんだでボケだな。ツッコミがいない。
「俺も見たかった。速水が車田さんに追っかけられてんの」
「おもしろくなんてありませんよ」
「えー?そんなことねーよ?ちゅーかめちゃくちゃおもしろかったし!車田さんの顔とか速水の顔とか」
「ひどいですよ〜」
泣きそうな顔で速水は肩を窄めた。2人のやりとりがやけに面白くて、つい俺も笑ってしまう。そして速水が困ったように反論する。
いつもと、変わらない。
期待、してたんだけど。だって今日は特別な日だ。やっぱり自分から動かなきゃいけなかったかなと隠れて溜息を吐いた。
「……あ、倉間くん、」
「え?」
不意に速水に袖を引かれて振り返ると、速水は何だか嬉しそうに前方を指さしていた。その先を追って視線を動かすと、少し先で塀に寄りかかって携帯を弄る人の姿があった。
「良かったじゃん倉間。というわけでここでお別れ!じゃねー」
「倉間くん、それではまた明日」
「あ、ああ、じゃあ、また」
本当にあっという間に2人はその場から消えてしまった。どうしたらいいのかわからず、少しの間2人が去っていった方を見つめていたが、どうしようもないので前を向き直る。まだ俺には気付いていないのか、その人は先程と変わらず携帯をいじっていた。
「…よし」
気合いを入れて一歩を踏み出す。やけにその道のりが長くてどうにかなりそうだった。何とかして辿り着いたその足はその人のいる少し手間で止まる。
「そんなとこで何してんすか、南沢さん」
ゆっくりとその人、南沢さんは顔をあげた。そして、くらま、と呟くとふっと表情を緩ませた。南沢さんは塀から背中を離して軽く目を閉じる。
「お前を待ってたんだよ」
何で、それは愚問なのだろうか。けれどそれ以外何を言ったらいいのかわからない。何を言っても気持ちが前のめりになって待ってたのは俺の方だとバレてしまいそうだ。
「ほら、やるよ」
突き出された手には小さな紙袋。俺はそれと南沢さんを交互に見つめる。南沢さんは何だか意地の悪そうな笑顔を浮かべていて、けれどそれはそれで南沢さんらしいとその袋を受け取ると笑顔を返してやった。
「ありがとうございます」
「思ったより感動が薄いな」
「だって南沢さん髪の毛乱れてる」
その瞬間南沢さんのそれまでの余裕綽々といった表情は消え去り、代わりにりんごのように真っ赤になってしまった。慌てて手櫛で戻したところでどうにもならないのに、ちょっとご機嫌斜めなのか乱暴に直していた。
「ここまで走ってきてくれたんでしょ」
「何だよ、俺がわざわざそんなことすると思ってるわけ?家はこっちの方だし、ここにいてもおかしくねーだろ」
「月山国光から遠いのに俺より早かったし。バレバレっす、南沢さん」
珍しく俺に言い負かされた南沢さんは悔しそうに眉間に皺を寄せた。そして珍しく南沢さんを言い負かした俺はそのまま南沢さんの指に自分の指を絡めた。
「これから俺んち来ません?一緒に食べましょ。あ、変なことはしないんで安心してください」
「いーよ。お前そんな根性ないだろうし」
「いつかそんなこと言えないようにしてやる」
「何だよ、いつかかよ」
St.Valentine's Day.