▼幸せな痛みの正体は
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「時透くん、何してるの?」
「え?ヒロインの名前のこと押し倒してるけど」
私が問うと目の前の男は表情を変えず、しれっとそう答えた。どうして押し倒してるのかを聞いているんだけど、彼は聞かなくても分かるでしょ?と言わんばかりの不思議そうな顔をしている。
稽古をつけてくれると言うので炭治郎たちと共に時透邸を訪れたのだが私だけ毎日のように自室に呼ばれた。個人的に稽古をつけてくれる時もあれば、膝枕を要求されたり、一緒にお菓子を食べながら話したりと様々だ。だが私は炭治郎のことが好きなので彼に時透くんと仲が良いねと微笑まれるのは複雑な気持ちになるのだ。
何度か断ろうとしたが小型犬のように可愛い顔で瞳を潤ませながら頼まれると渋々了承してしまう。そして部屋に入ろうとした瞬間腕を引っ張られ驚いていると、視界がぐるりと反転し、今に至るのだ。
「やめてよ、こんなところで」
「どこでならいいの?」
「そういう意味じゃなーい!」
最近、時透くんは私へのスキンシップが激しくなった。私を気に入っているのか私をからかうのが楽しいのか分からないけど、どちらにせよ、炭治郎に勘違いされるため正直言って困る。
善逸たちと稽古をしているのか彼の声がたまに聞こえる。こんなことをしているのを見られてしまうのではないかと思うと心臓が締め付けられそうになるのだ。
「まだ炭治郎のことが好きなの?」
「そうよ!悪い?」
「僕と仲良くしてても嫉妬すらされないし、むしろ喜ばれてるのに?」
本当に時透くんって可愛い顔して人の痛いところを付くのが上手い。心臓にグサッと言葉が刺さったような感覚になり私は胸をおさえた。
「それでも私は炭治郎が」
好きだと言おうとした瞬間に覆いかぶさっていた時透くんがふわりと降りてきて唇を塞がれた。口付けをされたことに
「ヒロインの名前、僕のこと愛してよ」
そう言って、丸く大きな瞳で私を見つめる。まるで捕らえられた獲物のように固まって動けない。だんだんと顔が近付いてくるのに彼を拒めず、再び唇が重なり合う。掻き乱される。平然でいられない。
「私は炭治郎のことが好きなのに」
炭治郎は優しくて、私のことを傷付けない。傍にいるとホッとして暖かい気持ちになるし、一緒に居ると気を使わなくて楽しい。
けれど時透くんは違う。時透くんのことを考えると胸が苦しくなったり、会えない時には切なくて泣きそうになったり、時透くんの言動に一喜一憂してしまうのだ。こんな感情を恋だと思いたくなかった。認めたくなかった。けれどこれは紛れもなく恋なのだ。
「気付きたくなかった」
「そう?僕は早く気付いてほしかったよ」
「どうして?」
「だって恋人同士なら、こうやって触れられるでしょ」
そう言って彼は横に寝転んで私の頬を愛おしそうに撫でてくる。まただ。また心臓が痛くて、苦しくて、泣きそうになる。けれどこの痛みは同時に幸せな気持ちにもさせてくれた。
その正体は、時透くんに対する愛情だった。
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