▼君に約束の花束を
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任務中に怪我をした俺は渋々しのぶの家へと向かった。家に着いても誰かが出てくる様子もない。出かけているようだ。だが誰のものか分からない気配があり、俺は気配のする方へと歩いていく。中庭だった。
そこには知らない女が花壇に水をやっていた。咲く花を愛おしそうに、けれどどこか寂しそうに見つめている。

そんな彼女に目を離すことが出来ず、時間を忘れて魅入っていた。びゅうっと強い風が吹き、女が肩にかけていた羽織が飛ばされる。


「あ、人がいらしてたんですね」

「…ん、これ」


飛ばされて地面に落ちた羽織を拾い上げ、パタパタと砂を払ってから渡すと、女はお礼を言いながらニコリと微笑んだ。

ほっそりとした白い手を伸ばして羽織を受け取る。その仕草がとても綺麗で、どこかの良家の娘かと考えていると、女は首を傾げた。


「私に何か御用でしょうか」

「いや、その、見ない顔だから…お前、何者なんだ?!」


そう問うと女は、なんと言ったらいいのでしょう…と少し考えている。そして知人がいるためここに療養に来たと答えた。


「私はヒロインの苗字ヒロインの名前といいます。貴方のお名前は?」

「俺は嘴平伊之助だ!お前は…」

「あー!ヒロインの名前さん!ダメですよ、ちゃんとお部屋で休んでてください!」


アオコが叫びながらバタバタと駆け寄ってくる。するとヒロインの名前は少し寂しそうな顔をしてから、俺に別れを告げ、アオコの言いつけ通り部屋に戻ろうとした。

ふらふらとした足取りに俺はいてもたってもいられなくなり、ヒロインの名前のことを抱きかかえる。


「い、伊之助さん?!」

「部屋まで運んでやるよ」

「あり、がとう…ございます…ふふ、伊之助さんて面白いですね」


元々大きい目をさらに丸くして驚いてから、ヒロインの名前は小さくクスクスと笑った。何が面白いんだと問うと、ヒロインの名前は元気いっぱいなところだと言って微笑む。

道案内をしてもらい部屋に送り届けると、ヒロインの名前は部屋の窓からまた中庭を見ている。


「花が好きなのか?」

「ええ、とても。数年前もここで花を育てていたんですよ」


そう言って笑うヒロインの名前は、今にも消えてしまいそうなほど儚く、まるで幻のように実態感がなかった。その不思議な感覚のせいか、俺は無意識のうちに手を伸ばし彼女の腕を掴んだ。


「どうかなさいましたか」

「いなくなりそうだったから」

「え?」


出会ったばかりの奴に俺は何を言っているんだ。目の前できょとんとした顔で驚いているヒロインの名前以上に、俺は自分自身に驚いていた。

するとヒロインの名前は俺の手を掴み、その手をぐいっと引っ張り自分の胸元にそっと当てる。


「んなっ!なにしてんだ!」

「伊之助さん、私の心臓動いているでしょう?」

「あ、ああ…ドクドク動いてんな」

「もう時期止まるんです、これ」


まるで冗談を言ってからかっているかのようにヒロインの名前は微笑みながら俺に言った。すぐに言葉の意味が理解できなかった。だが口角が上がっているのに彼女の瞳はうっすらと滲んでいて、これが冗談ではないということが伝わってくる。
俺は言葉を失った。目の前で元気そうに話す彼女が、こんなに若くして命を落とすというのか。それから俺は毎日のように、ヒロインの名前に会いに行った。


「今日はでっかくてツヤツヤなどんぐりを見つけたんだぜ!ヒロインの名前にやるよ!」

「ふふ、ありがとう。…ねぇ、伊之助さん。伊之助さんは私といて楽しいですか?」

「何言ってんだ?楽しくなきゃ来るわけねぇだろ!」

「嬉しいです。本当に、幸せ…」


そう言って照れるように笑うヒロインの名前を見て、俺は咄嗟にヒロインの名前のことを抱き寄せた。何故か違和感を覚えた。いつものような活気のある表情では無かった。むしろ少し疲れたような顔をしている。


「私、伊之助さんと居るととても幸せなんです。これからもずっと一緒に居たいと願ってしまうほどに…」

「ずっと居ればいいだろ!傍にいろよ!」

「伊之助さんは、本当に優しいですね」


ちょっと待ってろ、とヒロインの名前に言って俺は部屋を飛び出した。あいつが好きだった花を持ってくればまたいつものように元気になってくれると思ったからだ。


「でっけぇ花の束作ってくれ!」


しのぶの家の近くにある花屋に駆け込んだ。ここにはヒロインの名前に頼まれて時々お使いに来ていた。その時、あいつは言ったんだ。いつか本で読んだみたいに、手に抱えられないくらい大きい花束をもらって求婚されたいと。


「ヒロインの名前!ヒロインの名前!」

「伊之助さん?えっ!?」


バタバタと部屋に戻り、先程買った花束をヒロインの名前に差し出した。俺と花束の交互に視線を向けて状況が理解できないのかあわてふためいている。


「俺と夫婦になってくれ!」

「私で、いいのですか?」

「お前がいいんだ」


嬉しいと言って笑いながら、ヒロインの名前はそっと花束を抱きしめる。俺はそんなヒロインの名前が愛おしくて、優しく抱きしめて口吸いをした。

そして次の日、俺の手をずっと握りながらヒロインの名前は息を引き取った。彼女の顔を見れば、この世に未練などないかのように幸せそうな顔をしていて、俺は少し泣いた。


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