▼コーヒーの味は苦かった
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「おかえり、随分と楽しそうだったね」
ただいまーと言いながらリビングに入ってきたヒロインの名前に、僕はソファでくつろぎながらテレビに目を向けたまま声をかけた。
「お兄ちゃん見てたの?声かけてくれればよかったのに…てか時間が同じなら一緒に帰りたかったなあ」
「コンビニに行った帰りに見かけたんだよ」
ヒロインの名前はお湯を沸かしてコーヒーを入れつつ、あの人はただのクラスメイトだからね!とあたふたしながら言い訳を並べる。それを横目でちらりと見て、僕は少し頬を緩ませた。
僕の分まで入れたのかマグカップを2つ持ってきた。机に置いてから勢いよくソファに座り僕の方を見ている。ヒロインの名前の頭に、ぽんっと軽く手を置いてわしゃわしゃと撫でた。頬を赤らめて、髪がぐしゃぐしゃになるって文句を言うヒロインの名前に愛しさを感じていた。
「その人と付き合ったら?なんだかいい雰囲気だったし」
「……え?」
ヒロインの名前は呆然としながら僕の目を見る。僕の心にもない言葉に瞳が揺れ動く。涙腺が緩んでいるのか、だんだんと瞳が滲んでいった。
「お似合いじゃん」
「な、なんで、そういうこと言うの…私は…無一郎のことが…っ!」
その瞬間、僕は決定的な言葉を塞ぐために咄嗟にヒロインの名前の唇を掌で塞いだ。ヒロインの名前の頬を流れ落ちる涙が、僕の指にまで伝う。
「それ以上言うのはダメ、もう戻れなくなるから」
「無一郎…」
「…お兄ちゃん、でしょ?今ならまだ、昔みたいに戻れるよ」
僕とヒロインの名前は、兄と妹。血の繋がっている家族だからこんな感情はおかしいんだ。おかしいと分かってるのに放っておけない。どうしても優しくしてしまう。触れてしまいたくなる。愛おしくて、愛おしくてたまらない。実ってはいけないなら、初めからこんな感情持てないようにしてくれればいいのに。神様って本当に残酷だと思う。
「だったら優しくしないでよ!」
ヒロインの名前が僕の手を払いのけて立ち上がる。言いたいことは分かってる。ダメだと言うくせに気を持たせるようなことをして、ヒロインの名前を縛り付けているんだから。でも家族なんだよ?兄妹なんだ僕らは。本当ならこんな感情持ってはいけないし、兄なんだから妹を正しく導かなければならない。なのにどうしても他の人に渡したくない。だってこの世界で一番ヒロインの名前を愛してるのは僕なのだから。
「ヒロインの名前、ごめんね」
その瞬間、ヒロインの名前は僕の背中に腕を回した。泣いているのか小さく体を震わせるヒロインの名前を無下に出来るわけもなく、これくらいなら兄妹がしててもおかしくないと自分に言い訳をしてヒロインの名前のことをそっと抱きしめた。
「…お兄ちゃんは、ずるいよ」
そう言ってヒロインの名前はゆっくりと体を離したかと思えば、ずいっと顔を近付けてきた。キスされると思って体をこわばらせるとヒロインの名前はピタリと止まり、僕に向かって微笑んだ。
「しないよ、だって兄妹だもん」
自分の部屋へと向かうヒロインの名前の足音を聞きながら、僕は動悸を落ち着かせるために入れてくれたコーヒーを飲んだ。砂糖が少ないのか、いつもより苦く感じた。
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