▼君が僕の救いだった
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その瞬間、玄弥の声が聞こえた気がした。
俺の目の前に倒れる鬼に向かって駆け寄ってくる女。その女に、危ないから近寄るなと手を伸ばしたが躊躇って手を止めた。何故なら俺の手がその女の母親の返り血で汚れていたからだ。
「お、お母さん…なんで…」
「おい、そいつはもう鬼だ。首を斬るから向こうへ行ってろ」
本当はこんな言い方をしたいわけじゃない。だけど仕方がないんだ。もうこの女の母親は鬼になり人を襲いかけた。そして俺は鬼殺隊だ。殺すしかない。ああ、また俺は恨まれるのか。
「なんで母ちゃんを殺したんだよ!!」
「人殺し!!」
数年前に弟に言われたことを思い出した。目の前の情景があの日と重なる。また俺は人殺しと言われるんだろうな。それでも鬼は殺さねばならない。鬼を殺して何十人もの命が守れるなら罵倒されても構わない。
「…ここに、います」
「……あ?」
「ここで、母の最期を看取ります」
「身内の首が飛ぶところなんざ、見ない方がいいだろ」
「ここにいさせてください」
女の手は震えていた。目には涙が溢れ、絶え間なくこぼれ落ちていく。それでも女は俺の反対を押し切り、鬼になった母親を見つめていた。
「本当にいいんだな?」
「お願いします」
女の返事と共に俺は鬼の首を斬り落とした。そして灰のように消えて無くなるまで、母親の手を握りながら泣いていた。鬼の周りにはいつも泣いている人がいる。こいつもそうだ。
「ありがとうございます」
「な、に言ってんだ…俺は、お前の母親を斬り殺したんだぞ!」
「母は本当に心優しい人なんです。そんな母が人を殺したら、きっと母は死んだ後も後悔して苦しんでしまう…」
女はそう言って残った母親の着物を抱きしめた。そしてゆっくり立ち上がって俺の方へと顔を向ける。
「 母が誰かを殺す前に、貴方は母を救ってくれたんです。だから、ありがとうございます」
その言葉に、俺の中で何かが弾けた音がした。弟たちを守るためとはいえ、愛する母親を手にかけたことをずっと後悔していた。あのまま知らずに母親に殺されてた方が俺や玄弥は幸せだったのではないかと。
「俺の…母親も、優しい人…だったんだ…」
「…私の母と同じように、自分の母親も貴方は助けたんですね」
気付いたら俺は泣いていた。そんな俺を見て、女はまるで母親のように優しく抱きしめた。
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