▼その声を聞かせてよ
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「ヒロインの苗字!今日は君も一緒なんだな!」
そう言って鎹鴉に案内された場所に居たのは、私がひっそりと想いを寄せている煉獄杏寿郎さんだ。煉獄さんとの任務なんて凄く久しぶりで、私は嬉しさを堪えきれず煉獄さんの元へと駆け寄った。
「お久しぶりです!煉獄さん!」
「うむ!ヒロインの苗字は今日も楽しそうだな!」
それは煉獄さんの傍にいるからです。とは言わずに、私は今日は気分が良くて、と誤魔化す。煉獄さんに気を使わせてしまったり、もし避けられてしまっては嫌なので、この気持ちを悟られないよう隠しているのだ。
「煉獄さんも今日もお元気そうですね」
「久々に君との任務なのが嬉しくてな!」
その言葉に心臓が握りしめられたように苦しくなる。こういうこと平然と言ってのけるから本当に心臓に悪い。
煉獄さんに行こうと言われ列車に乗り込む。彼は忘れ物をしたと、一旦席を外したが、大量のお弁当を売店で購入してきた。
「相変わらず凄い量ですね…」
「君も食べるといい!これから鬼と戦うのだからな!」
「それでは一つ、頂きます」
うまいうまいと言いながらお弁当を食べる煉獄さんを見て思わず口元が緩む。普段はかっこいいのにこういうところは可愛らしい。
「またヒロインの苗字に笑われてしまったな」
「ふふ、美味しそうに食べる煉獄さんは子供みたいで可愛らしくて」
「むぅ…可愛らしいというのは君のような女性に使う言葉だと思うのだが」
その言葉に驚いて食べていたお弁当を喉に詰まらせた。急いでお茶で流し込み、咳払いをして平然を装った。
落ち着け自分。自惚れてはいけない。煉獄さんのこの言葉に深い意味はないのだから。
以前にもこういうことを煉獄さんに言われ、もしかしたら両想いなのではと自惚れていたところ、蜜璃に協力してもらい煉獄さんの想い人を聞いたことがあった。
「煉獄さんは、誰か気になる人はいないんですか?例えば好いている女性とか…」
「好いている女性か、いないな!」
そのやり取りを物陰から見ていた私は、もしかしたら好かれているかもと驕った自分が恥ずかしく穴があったら入りたくなった。
昔のことを考えていたが、視線を感じ我に返ると煉獄さんが私のことをじっと見ていた。
「どうしました?」
「ヒロインの苗字、以前から君に伝えたいことがあったのだが言ってもいいか?」
「なんでしょう?」
「……もうすぐ他の鬼殺隊と合流するが、その少年は鬼を連れている。だがその鬼は人を食わない。御館様も認めているので手出しは無用だ。それを伝えたかった」
「分かりました。しかし人を食わない鬼もいるのですね…信じ難いですが」
合流するまでの間、私は煉獄さんからその少年と鬼の少女の話を聞いた。そして三人の鬼殺隊の少年たちと箱に入った鬼の少女と合流し、出現した鬼と戦った。そして―――
「やだ、いやだ、煉獄さん」
突如現れた上弦の参である鬼との戦いで負傷した煉獄さんの手当をしようと近寄る。駄目だ。押さえても血が止まらない。腹の傷は大きすぎてどうしたらいいか分からない。このままでは死んでしまう。
「ヒロインの名前、聞いてくれるか」
「き、聞きます…聞かせてください……」
「以前から伝えたかった…本当の言葉は、君のことを愛しているということだ。この先この言葉は君を縛り付けてしまうかもしれないが、俺の気持ちを伝えたかった」
煉獄さんの暖かい手が私の頬を撫でる。私の瞳からぽろぽろとこぼれ落ちる涙を見て、煉獄さんは少し苦笑いをした。
そして、動けない煉獄さんは手を広げて私を呼ぶ。私がギュッと抱き付くと、彼はゆっくり私のことを抱き締めた。
「死ぬまで君を愛し続け、この手で幸せにしたかったのだが…泣かせてしまったな」
「私は幸せです。煉獄さんに…大好きな人に最期まで想ってもらえるんですから」
「そうか、俺も幸せだ。自分が死ぬ時にヒロインの名前から愛してもらえるのだから」
だんだんと私を抱き締める煉獄さんの腕から力が無くなっていく。本当に最後まで私を愛してくれた。パタリと力を失って地面に落ちた煉獄さんの手を握りながら、私はもう一度、煉獄さんの声が聞きたいと願わずにはいられなかった。
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