▼早く好きだと言ってくれ
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「実弥さん、好きー!」
ヒロインの名前は俺に飛びつきながら大きな声でそう言った。すると道を歩いている人が、俺らを見てくすくすと笑っている。
こいつは周りの目を気にしないが正直俺は恥ずかしい。なんで周りに人がいる状況で抱きついたり、大声でそんなこと言えるんだ。
「…お前、少し離れろ」
「なんで?好きだからくっつきたいのに」
「だからそういうこと言うのやめろって!」
好きな女に好きだと言われて嬉しくないわけがない。けれどそれ以上に公の場で言われるのは恥ずかしさが勝っていた。
するとヒロインの名前は少しムッとした顔をして俺から離れた。拗ねているのを悟り、後で二人きりになったら甘やかしてやればいいか。なんて考えながら歩いていいると少し先の蕎麦屋から冨岡が出てきやがった。
「あ!冨岡さん!」
「あ、おいっ」
走っていこうとするヒロインの名前に向かって咄嗟に手を伸ばすが、掴む前にするりと走り抜けて行った。なんでそんな嬉しそうな顔して走ってくんだよ。
「不死川さん、最近様子がおかしいですね」
「…胡蝶か」
あの日からヒロインの名前は俺のことを少し避けているような気がする。正確には避けているというよりも自分から話しかけてこなくなった。ヒロインの名前から好きだという言葉もなく、向こうからしてくるのはただの挨拶くらいだ。
胡蝶は俺に対して、不死川さんが何かやったんですか?と決めつけて聞いてきやがる。呆れた顔をして溜め息をつく胡蝶から逃げるようにその場を立ち去ると、廊下の先の方にヒロインの名前がいることに気付いた。
「ヒロインの名前っ!」
「……実弥さん、どうしたんですか?」
ヒロインの名前の元に駆け寄ると、顔は笑っているが近寄るなと言わんばかりの気を放っている。俺が怒っているのかと聞くとヒロインの名前はなんの事だか分かりません。といって、話を終わらせようとしていた。
すると、どうした?と言いながら冨岡が部屋から出てくる。またお前かよ。という苛立ちを覚える俺とは正反対に、ヒロインの名前は嬉しそうな顔をして冨岡を見た。
なんでだよ。俺の時はそんな顔しねぇのに、なんでそいつにはそんな顔してんだよ。
「冨岡に惚れてんのかよ」
「……え?」
「俺といるよりも楽しそうな顔してんだろ」
「何言ってるの!?私は実弥さんが…」
そこまで言って、ヒロインの名前は口を噤んだ。そんなヒロインの名前に俺は腹立たしく思い、思わずヒロインの名前の腕を掴み怒鳴った。
「なんで俺のことが好きって言わねぇんだよ!言えよ、いつもみたいに!」
「やだ!」
ヒロインの名前は俺の腕を振り払い、その場から逃げようとした。だが冨岡によってそれは叶わなかった。ヒロインの名前の行く手を塞ぐように片手を広げながら冨岡はじっとヒロインの名前を見ている。
「言葉にするのは大事なことだぞ」
それだけ言って、冨岡は廊下をスタスタと歩いていく。ヒロインの名前は体を俺の方に向けてはいたが、視線は足元に向いていた。
俺はそんなヒロインの名前の頭の上に手をぽんと置き、俺のことが嫌いになったのかと問う。
「違くて、実弥さんが好きって言われるの嫌だって言うから…でも私、実弥さんといると好きって言っちゃうから近付かないようにしてたの」
それを聞いた瞬間、俺はヒロインの名前のことを抱きしめていた。腕の中で慌てふためくヒロインの名前が愛しくて思わず笑ってしまう。
「ヒロインの名前、俺のこと好きか?」
「え、え?」
「お前の口から聞きたい。聞きたくてたまんねぇんだよ」
「好き、です。実弥さんのことが好き」
俺はヒロインの名前のことを抱きしめて顔を赤らめるヒロインの名前に口付ける。そして俺も。とだけ返事をした。それを聞いたヒロインの名前は幸せそうに微笑んだ。
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