深夜のガレージには、静かなタイプ音だけが木霊していることが多い。一人黙々と作業に没頭するその背中に接近しようが声を掛けようが、気付かないことが大半である。時刻が零時を廻った頃、配達を終えて借住いに帰宅したクロウは、暗がりでディスプレイと睨めっこしている遊星に出くわした。
 ポッポタイムの住人の中で、起床時間が一番早いのはクロウである。早朝から出て、夜中までDホイールで街中を走り回ることも少なくない。クロウの迅速な配達やその人間性等が評価され、起業当初と比べると男四人を賄えるくらいの稼ぎにはなっている。
 クロウの次に起きて来るのは、おそらく遊星である。また、四人の内一番遅く就寝しているのもおそらく彼である。「おそらく」というのは、遊星を除いた三人は、彼よりも先に寝てしまう為、彼がベッドに入る様子を見たことが殆どないからだ。遊星は、夜遅くまでプログラミングや機器修理の依頼を纏めている。クロウが朝のソーセージを焼いている頃にガレージに下りて来るのだが、ベッドに入っていたかは定かではない。
 「おい、遊星」
 クロウの声と重なるようにして、タタンとキーボードが軽快な音を立てる。何やら打開策でも思い付いたのか、暫く止まっていた指先が滑らかにキーボードの上を踊る。真剣な眼差しで数式を見つめる彼には、相変わらずクロウの声は届いていないようである。
 いつものことだと嘆息して、クロウはその横顔を見遣る。クロウが知る人間の中ではあまり変化のない部類に入る表情には、薄らとだが疲労が見て取れる。クロウが彼の背後から覆い被さると、流石に触覚までは麻痺している訳でもないらしい。遊星は声こそ上げないものの、びくりと全身の筋肉を緊張させた。
 「…クロウ?」
 紺碧の二つの瞳が、戸惑うように背後のクロウに向けられる。「お帰り、で良いんだろうか」と首を傾ける遊星の額に唇を寄せ、ただいまと呟く。クロウは、口付けに対して擽ったそうに身じろぐ幼馴染の目の下の隈をなぞり、
 「お前、最近いつ寝た?」
 「ん、……あんまり」
 「答えになってねえよ」
 クルリと椅子を回し、遊星を自分の正面に向かせる。クロウは、ぼんやりと此方を見上げて来る遊星の両頬を掌で包み、その唇を塞いだ。遊星はと言うとさして驚く訳でもなく、両腕をクロウの首元へ回してただ舌の愛撫を受け入れる。熱い舌を堪能して唇を離せば、遊星は珍しく甘えるようにして、顔をクロウの肩に埋めた。ん、と小さく吐息する遊星の身体を抱きしめながら、クロウはこりゃ相当眠いだろと思う。
 「……六日くらい、」
 「ん?」
 「ねてない、…かもしれない」
 「…まじか」
 そりゃあ隈も濃い筈だわ。エンジンやら何やらのプログラミングと出張の修理工を六日間顔色一つ変えず不眠不休でやっていたとはどういった了見だ。
 「もう少しでデバッグ作業が終わりそうだったんだ……」
 「だからって馬鹿正直に徹夜してディスプレイと睨めっこしてんじゃねーよ。…もうとっとと寝ろ、部屋まで送ってやるから」
 ぼそぼそと言い訳じみたことを呟く遊星を引っ張り上げ、その肩を抱いて歩き出す。その際、プログラムのデータを保存し、パソコンの電源を落とすことも忘れない。流石に暗闇の中を人一人抱えて歩くのは困難を極める為、デスクの上にあった遊星のペンライトを拝借する。
 ベッドとクローゼット以外には、工具と何冊かのプログラム言語に関する書籍があるだけの部屋に遊星を連れ込み、一息ついた。ベッドサイドに腰を下ろす遊星に身体を横たえるように促しながら、
 「今日は依頼、何件あるんだ?」
 「…いや、今日は特になかったと…」
 「なら取り敢えずその隈消す為に気兼ねなく寝てろ」
 睡魔によって正常に働かない頭をフル回転させて予定を思い出す遊星の頭を撫でてやる。そのまま部屋を後にしようとして、クロウは小さな力で袖を引かれた。振り返れば、じっと此方を見つめる二つの青玉と視線がかち合う。何も言わないが、指先の力を緩めようとも思わないらしい遊星の様子に吐息した後、クロウは苦笑する。
 「しゃーねえ、偶には一緒に寝るか!」
 ほんの少し、遊星の表情が和らいだ。


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