――12月31日(金) PM11:45


「…もう直ぐ、今年も終わっちゃうね」
『そうだな』

今朝早くには除雪された筈の道路は、もう既に雪がこんもりと積もっている。ざくざく、雪を踏み鳴らしながら、吹雪は携帯電話越しに「彼」の声に耳を傾けていた。

『そうなると、来年からは受験生だ』
「あはは、そうだねえ」

吹雪は、帰郷してからも豪炎寺とは週に何回かの割合で電話のやり取りを交わしている。勿論、チームメイトの皆ともアドレス交換はしており、時々メールもする。
だが、こんなに小まめに吹雪に連絡をくれるのは彼くらいのものだ。

そんな豪炎寺は円堂みたく饒舌な質ではなく、吹雪は彼と会話をするのに当初はぎこちなさを感じていた。
しかしそれも回数を重ねていくに連れて(吹雪の方が豪炎寺との会話のリズムを掴めたのもあるのだろう)、極々自然なものへと変化したように吹雪は思う。

そして、それに伴って彼との距離が縮まっていくように思えて、吹雪は素直に嬉しいと感じていた。

「でも、本当にあっという間だったなあ」

吹雪はそうひとりごちて、苦笑した。
帰郷してからそう経ってもいないのに、もう随分昔の出来事のように感じる。

わざわざ白恋中までやって来た円堂達からイナズマキャラバンに誘われ、共に地球の命運を背負ったこと。その為に、日本各地を巡ったこと。
沢山の仲間達のこと、サッカーのこと、アツヤのこと。
エイリア学園を倒したこと。雷門中に戻ってから、染岡達と闘ったこと。
それから一旦北海道に戻った後、再び東京に召集されたこと。
FFIの選手に選ばれたこと。強豪チームと闘う最中、負傷して離脱したこと。
リハビリも終えて無事戻って来てからのこと。イナズマジャパンの優勝に、チームメイトと喜びを分かち合ったこと。

――そして何より、豪炎寺と出逢えたこと。

目まぐるしく過ぎて行った1年を振り返り、大変だったねと吹雪が言うと、豪炎寺は確かになと返して来る。その声が少しだけ楽しそうに聞こえたのは、気の所為だろうか。

さくさく。夜闇に沈む道には、ひたすら吹雪ひとりの足音が響いている。
吐き出される息は、薄暗い街灯を頼りにしなくても白いことが判った。

朝から降り続けている雪による視覚的な寒さ、そして北海道という地理的な気温の低さ。
生まれも育ちも北海道とは言え、寒いものは寒い。加えて現在の吹雪の首には、アツヤのマフラーはない。
いくら寒くて寂しくても、少し前までは話し掛けるとアツヤが出て来てくれて、あれやこれやと他愛のない話題で盛り上がったりして、何かにつけて吹雪は「誰か」を身近に感じることが出来た。
毎日、そして特に冬の間に訪れる人恋しさを埋める為に、弟と話をした。

でも今は、アツヤはあの寒空に居る。
吹雪は、ちょっと立ち止まってから、星ひとつ見えない夜空に左腕を伸ばしてみた。
いつかの東京で見た星空は、此処のそれよりももっと近くに感じられた。
だが、実際はそんな筈もない。
真実は、自分が思っているよりも遥かに遠いものだ。

事実、アツヤはあの空高くに居て、こうして携帯電話越しに聞く豪炎寺の声は東京で発せられているものだ。

「…寒いなあ」

アツヤも、豪炎寺くんも、遠いよ。
ぽつりと零れ落ちた言の葉は、吹雪にしてみればほんの小さな呟きだった。
だが、それを上手い具合に拾い上げたらしい(それも前半部分だけのようだ)豪炎寺は、「まさか外に居るのか?」と訝しげに声を上げた。

「え?…ああ、うん。折角の大晦日だし、初詣に行こうと思って」

実を言うと、それに加えて沢山人が居る場所に行けば、少しは孤独感も和らぐかもと思ったからでもあった。
しかし、吹雪が初詣に出掛けるもうひとつの理由を彼に話すことはない。

豪炎寺とて遅くとも明朝辺りには友人と連れ立って初詣に行き、正月を過ごすだろう。吹雪は、その気分を害するような真似は出来ないし、余計なことを言って心配を掛ける訳にもいかないと思っていた。
好きな人が相手なら、尚更である。


「ああ、そうだ。豪炎寺くんは誰と初詣行くの?やっぱり、キャプテンと鬼道くん?」

あ、でもキャプテンのことだから「皆で行こうぜ!」って言ってチームメイト全員で行ったりして。
自分で言っておきながらその様子が容易に想像がついて、吹雪は笑ってしまう。

明るく振る舞わなくちゃ、と思えば思う程饒舌になる。彼は、沈黙を作らぬよう話題を掘り下げていくことも忘れない。

「キャプテンからは、もう初詣に誘われたりした?」

円堂のことだから、その辺は抜かりないだろうと吹雪は考えていた。
すると彼の予想した通り、電話口の豪炎寺はそれについては肯定した。

『明日の朝6時に神社前に集合だそうだ。虎丸や飛鷹達も来るらしい』
「ふふ、凄く賑やかになりそう。それは楽しみだね、」
『……』
「…豪炎寺くん?」

どうしたのだろう。
突然黙ってしまった彼に内心だけで首を傾げていると、突然「だが、断ったんだ」という豪炎寺の声が吹雪の耳を打った。
それから彼は、まるで確認するかの如く「俺は行けないんだ」と繰り返す。
その予想を大きく裏切った答えには、流石の吹雪も驚きを隠せず、
「…え?どうしてそんなこと、」
『それは…、』

珍しく歯切れの悪い彼に、もしかしてと嫌な想像が吹雪の脳裏を過る。

「……もしかして、」

彼女と行く、とか。

『……』

あ、何も答えない。
沈黙は、肯定と道理だと昔アツヤが言っていたことを、吹雪は思い出す。
勘違いであって欲しいという吹雪の願いは、あっさりと打ち砕かれた。同じくして、すう、と血の気が引いて、ぐらりと足下が揺らいだ気持ちがした。
唇が、寒さとは違った理由でわななく。気を緩めてしまえば、今にも嗚咽が喉の奥から飛び出しそうだった。

(今は。今は、泣いちゃ駄目だ)

吹雪は、嗚咽の代わりにきゅう、と下唇を噛み締めて声を作る為に嘘の笑顔を貼り付ける。
悟られぬよう声の調子にも十分に気を配り、「ただの友人」として何でもない風を装った。

「そ、そっか!へえ、知らなかったな。まさか、あの豪炎寺くんに彼女が居るだなんて」
『…吹雪?』
「吃驚しちゃったなあ。初耳だよ、僕」

きっと今、豪炎寺は眉間に皺を寄せているのだろうと吹雪は思う。
吹雪は訝しげに名を呼ぶ彼の様子を思い浮かべ、苦笑した。

ただ、これは電話であり、彼の表情は此方からは見えない。だから吹雪は、敢えて何も言わない方を選んだ。

早く、早く切ってしまいたい。
吹雪は、ずきずき痛む左胸をコートの上から掴む。
早く、と急かす気持ちを何とか抑え付けて、不自然にならないよう今まさに思い出したかのように「そうだ」と掌を打った。

「彼女が居るんだったら、こうやって僕に電話してる暇ないじゃないか。その子のことを優先してあげないと!」
『っ、吹雪…!?』

じゃあね、豪炎寺くん。とクリアボタンを押して、吹雪は電話を無理矢理切る。
切れる直前に聞こえた豪炎寺の焦ったような声は、彼には聞こえなかった。
聞こえない、振りをした。



――PM11:55

戻って来た待ち受け画面には、そう表示されていた。
吹雪は、今年の終わりまで後5分だと告げる液晶をぼんやりと見つめ、
「…そっか。豪炎寺くん、彼女、居たんだ……」

吐息するように落とされたそれは、忽ち雫となって彼の足元に降り注いだ。
踏まれて黒く汚れた雪を、点々と涙が溶かす。

「新年が明ける前から、失恋かあ」

僕ってついてないよね、アツヤ。
空から見守っているであろう弟に笑い掛け、吹雪は止めていた足を再び動かし始める。
既に初詣、という気分ではないが、此処まで来たからには最後までやり遂げてから帰ろうと思ったのだ。

しかしそれは、吹雪が背後から誰かに抱きすくめられることによって中断させられた。
吹雪は驚きの余り悲鳴を上げ掛けるが、その人物を振り返り見て文字通り言葉を失った。

「…豪、炎寺くん…?」

自分を背後から抱き締めるその人物は、見慣れないグレーのコートやマフラーを身に着けていたり息を切らしたりはしているものの、見間違うこともない豪炎寺修也その人であった。
白にも近い、癖のあるその頭に視線を落とした吹雪は、呆然として彼の名を呼ぶ。
それに相手は「ああ、」と返事をひとつして、漸く吹雪の首筋に埋めていた顔を上げた。

自分の呼び掛けに豪炎寺が応えたことで、目の前の状況が夢でも幻覚でもないと悟り、我に返った吹雪は慌てて、
「何でこんな処に…!此処、北海道だよ?」

さっきまで電話してたじゃない!
何が何だか、と目を白黒させている吹雪に対し、豪炎寺は乱れた呼吸を整えながら「あの時は、駅から掛けていたんだ」と続けた。

「19時頃にこっちに着いて、そのまま吹雪の家まで行こうとしていたんだが…少しトラブルがあって思ったより遅くなったんだ」
「で、でも僕、君が来るだなんて聞いてないし…!」
「ああ、知らなくて当然だろうな。第一、言ってないから」

尚も言い募る吹雪に、豪炎寺は悪びれもせずに言ってのけた。

「……」
「驚かせようと思ったんだが…少し想定外なことが起こってな」
「…想定外なこと?」

僕にとっては、さっきから想定外なことばっかりだよ。と不服そうに吹雪は俯いた。

「豪炎寺くんがこっちに来たこともそうだけど、…君に彼女が居るっていうのも、」
「それが俺にとっての想定外なことだ、」
「…え?」

その豪炎寺の深い嘆息に、吹雪は少し目線を上げる。
豪炎寺はそれを見計らってから、「少し勘違いをされているようだから言っておくが」と始め、
「俺には彼女は居ない。…全くの勘違いだ」
「へ、あ……ええっ!?」

吹雪はと言うと、「やれやれ」といった風に肩を竦める豪炎寺の言葉を反芻した後、素っ頓狂な声を上げる。

「う、嘘!だって、だったら何でキャプテンの誘いを断ったりなんか…!」
「お前、此処まで来ても判らないのか…」

鈍いにも、程がある。
豪炎寺は本日二度目になる溜息を吐く。それから、確か空港を発つ前に鬼道が「吹雪は鈍いぞ」と言って微笑していたのを思い出した。
全く鬼道の言う通りだと、今になってその意味を理解する。
他人の情緒には人一倍敏感な癖に、自分に向けられる好意に関しては円堂並みに鈍感。

自分の腕の中でわたわた慌てている吹雪を眺め、豪炎寺は苦笑した。
鈍い彼には、やはり直球で行った方が良かったか。大体、自分自身こういうまどろっこしいやり方は好きではない。
それでも我らがキャプテンのように直球に「好きだ」と告げられなかったのは、この垣根を越える勇気がなかったからなのだろう。

今こそ、それを乗り越える為の好機なのかもしれない。
豪炎寺は、ふ、と小さく深呼吸し、
「――吹雪、」

俺が円堂の誘いの断った理由はな。
豪炎寺は一旦其処で言葉を切ると、口元にほんの少しだけ意地悪い笑みを浮かべ、
「お前に会いに来たからなんだ、って言ったら…どうする?」

途端に吹雪の大きな瞳が見開かれ、意味を理解してから頬が赤らんだのは、言うまでもない。


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