※「愛が伝わらない」の続きで豪+鬼。
円鬼前提。


「どうかしたのか、」

練習の合間、ベンチに腰掛けて水分補給をしていた鬼道が俺に声を掛ける。
それに一瞬動きを止めてから、ベンチに置いておいたペットボトルとタオルを手に取った。

「…何の話だ?」
「とぼけるな」

ぴしゃりと返されて少しばかり動揺するが、それを表には出さないで紛らわすようにボトルのキャップを捻る。
それから名前を呼ばれて視線を落とせば、眉間に皺を寄せる鬼道が目に入った。
ゴーグル越しに垣間見える瞳は、至って真面目である。

「俺の指示への反応速度と言い、シュートの力加減と言い…随分と不調ではないか」
「……」
「無理に言えとは言わん。…しかし、プレーにまで支障を来すくらいなら、早々に自己解決してくれ」

鬼道はそう言ったきり、黙りになった。
彼の言い分も、尤もだと思う。このまま私情を挟んで中途半端なプレーをすることは、グラウンドを共に走る仲間に失礼というものだ。

しかし、俺も好きで悩み、こうしてボールを蹴っている訳ではないのだ。
どうするもこうするも、解決の糸口が全く見付からず途方に暮れているのが今の俺の現状だ。
俺は開封したボトルに口を付け、「鬼道」と声を掛けた。

「何だ、」
「…お前は、円堂に告白された時、何て返した?」
「っ、はあ…!?」

鬼道は、思い切り噎せた。ドリンクが気管に入ったらしい。
げほげほと咳を繰り返し、漸く落ち着いて来た辺りで「いきなり何だ」と一睨み。

「いや。何となく、な」
「……」
「…で、どうなんだ?」
「どう、と言われてもな……」

そう促せば、鬼道は困ったように眉根を寄せる。
それに対し俺は、
「直ぐに返事をしたのか?」
「…いや、直ぐにはしなかった」

俺の問いに鬼道は小さく首を横に振り、その直後「違うな」と自分の発言を打ち消した。その眉尻を下げ、
「出来なかった、と言うべきか」
「…どういう意味だ?」

今度は俺が眉根を寄せる番だ。
鬼道は、知っているだろう?と此方を見、
「俺は鬼道家の養子だ、」

ならば必然的に将来は良家の娘を妻に娶り、家の繁栄の為に子を生さなくてはならない。

「これは鬼道家に引き取られた時点で決定されていて、俺に変えることは不可能だ」
「鬼道、」
「だから円堂からの告白も、初めは酷く悩んだ。あいつにだって将来はあるし、男女と違って男同士で生涯を共に出来た事例も多くない」

そうやって淡々と言葉を紡いでいく鬼道だが、その横顔は何処か寂しそうであった。
当時のことを思い返しているのだろう。俺は、少し悪いことをしてしまったか、と人知れず顔を顰める。

確かに、言われてみれば鬼道には家の事情がある。その点で俺達は似通っているが、鬼道の場合は病院を経営している親を持つ俺とはまた違った圧力もあるのだろう。

だが。

「…それでも、鬼道は円堂を選んだんだろう?」

それは、変えようもない事実だ。

「相手や家の将来のことを踏まえた上で、今お前は円堂と共に在る」
「ふふ、そうだな」

声を立てて小さく笑う鬼道はひとつ吐息した後、綿飴のようにふわふわとした雲が漂う青空を仰ぐ。夕香が喜びそうな形だ。
俺もそれに倣うと、隣から「円堂が、」と言葉が吐き出された。

其方を見遣るが、彼の視線は天へ向けられたままだった。

「あいつが、『信じろ』と言ったからな」
「…そうか、」
「悩み抜いた後、初めは断ったんだ。お前にも将来の夢はあるだろうし、それを叶えていく上でも男と付き合っているという事実は色々と不便だろう、と」
「そう言ったのか?」
「ああ、」

随分はっきり言うんだな、という俺の心境を知ってか知らずか、鬼道はあっさりと首肯した。続けて、「そうしたらどう返して来たと思う?」と苦笑混じりに返して来る。

「…さあな」
「何となく、想像はついているのだろう?」

俺はくつくつと喉の奥で笑い、鬼道の唇は綺麗な弧を描く。

「なら訊くな、」
「そうかもな。…しかし、だからこそ円堂の言葉に嘘偽りがないことは確かなのだろう」
「信頼しているんだな、」
「お前だってそうだろう?」
「そう言われれば、返しようもない」

それに、円堂を信頼しているのは皆同じだ。
俺はペットボトルをベンチに置き、「其処まで聞けたら十分だ」と続け、
「変なことを訊いて済まなかったな」
「いや、」

構わないさと言う鬼道の表情は、穏やかなものだった。
過去がどうであれ、今は幸せなのだと判る。

こうしてみると鬼道もあの帝国時代と比べて、随分と柔らかくなったものだ。
それもこれも、全て円堂守という人間が影響しているのだろう。

(そして、その幸せさえも円堂が与えたという訳か)

其処でふと、先日自分に好きだと言って来たチームメイトのことを思い出す。
本当は、以前から繰り返されて来た少年からの告白が、冗談だと判断したことは一度たりとしてなかった。
彼が本気だったことに、本当は気付いていた。

『豪炎寺さんはいつもはぐらかして俺の意志を見て見ぬ振りして逃げてばかりだ!』

あの時、今にも泣き出しそうに顔を歪めた少年の訴えは、俺の良心を激しく揺さぶった。そして、まさにその通りだとも思った。

俺は、ずっと宇都宮虎丸という人間から逃げ続けている。
その理由は、鬼道が言っていたものと酷似していた。

虎丸はまだ幼い。それに、彼の言う「好き」は、俺に抱く憧憬の想いが何処かで少し捻じ曲がってしまった結果ではないかと思っていたのだ。
本気なのは判っていた。しかしだからこそ、その本気は虎丸の勘違いを促進させているのではないか。

そう、思ったのだ。


「……」
「――豪炎寺、」

思考の海へと沈んでいた俺を浮上させたのは、鬼道の声だった。それに振り返ると、鬼道はあまり考え過ぎるなと微笑する。

「虎丸のことが、好きなんだろう?」

だったら、するべきことはひとつだけだ。
俺は、その酷く綺麗な笑みに何とも言えず沈黙するしかなかった。


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