作ったのは気紛れであって、特別な意味などない。鬼道くんみたく強請られたからという訳でもなく、ただ何となく作ってみただけだった。大体、一日に三食きっちり食べられたなら間食なんて必要ないものだ。それでも人間はちょっと小腹が空いたから、単に食べたかったからといった理由で甘味に手を付ける。斯く言う僕も、同様のそれで毎日ではないにしても数日に一度は口にしている。
だが、作るとなれば話は別だ。家族を失ってから僕は、いくら面倒を看て貰っているからといって自炊しない訳にはいかない状況にあって、いつか来るであろう自立する時に備えて料理を習っていた。自活の上で必要な知識や経験を必死に学んでいたのを憶えている。でも思い返してみた所、僕にはお菓子を手作りした記憶が皆無である。否、あるにはあるのだがもう随分と昔の話であって、それも母によるデコレーションケーキにいちごを飾り付けたりクッキー生地の型抜きを手伝ったりと到底「自分で作ったぞ」と胸を張って言えるものではなかった。
今回のこれは、鬼道くんがキャプテンに渡すチョコレート菓子は何が良いかという相談を僕に持ち掛けたことをきっかけに、折角だからと思い立ったのである。決してイベントに便乗したかったのではなく、単なる興味であり人生経験の一環に過ぎない。第一、女の子たちが色めき立ってチョコレートを品定めしたり、またそれを恋人や友人に渡したりするこの時期に、男の子が誰に頼まれた訳でもなしに懸命にそれを作っている様は中々滑稽だと思う。
(まあね、判ってたけど)
宿舎の裏、日中陽の差し込まない寒々とした其処で、僕は手元にあるクリスタルパック詰めのトリュフに視線を落としていた。大きさにバラつきがあって少しばかり不恰好なそれは、先日鬼道くんに教わりながら僕が作ったものだ。

先刻、それを手に豪炎寺くんを訪ねようとした所、既に先客が居た。背が高くてすらっとした可愛い女の子。それも何処かで見たことがあると思っていたら、最近テレビ番組なんかでよく出ているモデルであった。この近くでロケがあるのだと言う彼女は、いかにもバレンタイン仕様な黒と赤のタータンチェックの紙袋を豪炎寺くんに差し出すと、
「甘いものが苦手だって聞いたから、甘さ控えめに作ってみたんです」
是非貴方に食べて欲しくて。
頬を桃色に染めてはにかむ彼女は、きっと誰から見ても可愛らしかった。対して豪炎寺くんも内輪の贔屓目なしに見てもそんじょ其処らに居る男性モデルよりか顔も形も整っていて、彼女に引けを取ることはない。
正に美男美女、「絵になる」とはこういうことだと見せ付けられた気分だった。

豪炎寺くんがモテるのは今に始まったことではないし、僕が彼に釣り合わないことについては理解もある。しかしひとつだけ、どうしても納得がいかないことがあった。
「…豪炎寺くんが甘いものが得意じゃないなんて僕、知らない」
今まで付き合って来て、そんな素振りは一切見せなかった筈なのに。彼がそのように言ってくれたことは、思い出す限りは一度もない。
「……」
僕は、簡素ではあるが一応形にはなっているラッピングを崩しビニールから三つあった甘味の内、一粒だけを摘み上げた。豪炎寺くんにあげる筈だったチョコレート。初めて作ってみたトリュフの歪な形は、まるで今の僕の心を映しているかのようだった。汚くて、どす黒い。
「…これももう、要らないよね」
小さなその一粒を、一瞬躊躇してから口の中に放り込む。歯を立てると、気持ち悪いくらいの甘みが口じゅうに広がった。美味しくないし、酷く甘い。ちゃんと教えて貰った通りに作ったのに、おかしいなあ。
でもこれならあげなくて正解だったかもと思う反面、きっと彼はあの子のチョコレートを貰ったのだろうなという考えがふと頭を過って虚しくなる。彼女は、豪炎寺くんの為にチョコレートを選んだ(作った)らしい。しかもしっかり彼の嗜好を視野に入れて。
可愛くて気が利いて、何処に断る理由があるだろう。それを探す方が難しい気さえした。
(豪炎寺くんも、ああいう娘の方が良いに決まってる)
そうだよね、きっとそう。深い溜息をひとつ吐き、壁に背をつけて両足の力を抜く。そのままずるずるとその場に座り込み、自然と視線は頭上に広がる空へと向いた。こんな日に限って雲ひとつない快晴。それに少しばかりの憎らしさを覚える。

「…豪炎寺くんの、ばか」
「誰が何だって?」
不意に背後から声が投げ掛けられ、僕は思わず飛び上がる。その際、持っていたチョコレートを危うく落っことしそうになった。同じくして、大丈夫か?という訝しげなその声の主に思い当たる所があって、僕は最悪の事態を乗り切った後に其方を振り返り見る。
「ご、豪炎寺くん!」
「宿舎に居ないから捜しに来てみれば……こんな処に居たのか」
此方を見下ろす豪炎寺くん。日陰の此処は日向のそれより相当冷えるのか、彼の両の手はジャージのポケットに収められたままだ。そしてその顔には、僕に対する呆れがありありと浮かんでいるのが見て取れた。
「え、あ…えと、……」
全く予期していなかった彼の登場には、流石の僕もしどろもどろになる他ない。

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