円←鬼+吹

これが決して叶うことのない恋だというのに気付いたのは、想いを自覚した瞬間だった。
円堂が俺をチームメイトとして、友人として好いてくれていることは知っていた。
勿論、俺以外にも豪炎寺や吹雪たち皆がそのカテゴリーに含まれている。
円堂の内に「たったひとりの」特別なぞ、在りはしないのだ。彼にとってみれば、「皆」特別なのである。

仲間想いの良いキャプテンだと、俺も他の皆も円堂のことをそう評していた。皆に分け隔てなく接し、周囲に振りまく笑顔には何の後ろめたさもない。
そんな円堂のことを、皆信頼して好いていた。かつて影山の下に居た俺も、円堂に惹かれて本当の意味での勝利と喜びを知った。

最初は、円堂のサッカーに対する熱い想いに惹かれたのだと思っていた。だが、時を重ねるにつれて、そうではないことに気付いてしまったのだ。
いつの間にか、円堂のサッカーへの情熱が、笑顔が、声が、――全てが俺を虜にしていた。

もう後戻りなんて出来ないくらい、俺は「円堂守」という男を愛してしまっていたのである。
好きだと思った次の瞬間、嗚呼無理だとも思った。

何故そう思ったのか、俺にははっきり判っていた。
理屈ではなく、心の何処か奥深くに刻まれた記憶の中で。薄らぼんやりとした其処で、ある人物が言うのだ。

『お前は、×××だ』と。

そうだ、俺は×××なのだ。
×××の俺に、円堂を好きで居ること――ましてや告白することなぞ出来る筈もない。
円堂はいつでも皆の中心に居て、チームを支えて照らす太陽のような存在である。
そんな彼だから、尚更俺は、×××なのだ。

そうだ、だから。



―――


「あれ、鬼道くん?」

ふと、高めの声が耳を打つ。
宿舎の階段を下りた辺りで俺を見付けたらしく、俺が其方に顔を向けると「やっぱりそうだ」とぱたぱた駆け足で駆け寄って来る。
誰もいない食堂の窓際の席でぼんやりしていた俺に、吹雪は微笑みかけた。

「何してるの、こんな処で」
「…吹雪」
「今、1時だけど…」

もしかしてずっと起きてたの?
心配そうに眉を下げた吹雪に、俺は慌ててそうではないと否定した。

「眠ってはいたんだが…、目が覚めてしまってな。中々寝付けなかったから、少し下りて来たんだ」
「そう、良かった」

其処まで言ってようやく吹雪はホッと胸を撫で下ろす。その様子に此方も安堵して、
「…吹雪は、如何して食堂に?」
「んん、僕も鬼道くんと同じで目が覚めちゃって。…眠るにも咽喉が渇いちゃったから、お水を貰いにね」

直ぐに戻るつもりだったのだろう。水色のTシャツの上にジャージを引っかけているくらいで、少し肌寒そうに腕を擦っている。
俺のその視線に気付いたのか吹雪は、最近めっきり寒くなったよねえなんて微笑む。
その柔らかい笑みに、そうだなと肯定した。

それから彼は調理場へと歩みを進め、食器棚から硝子コップを手に取りながら、
「ねえ、鬼道くん」
「何だ?」
「…何かあった?」
「……」

不意打ちに一瞬黙り込んでしまい、その後から何でも良いから応えていれば良かったと後悔した。沈黙は肯定と道理だ。
後から付け加えようかと口を開きかけるも、相手の此方を見透かすかの如き視線に肩を竦めてしまった。如何にも適わない。

「キャプテンでしょう、」

鬼道くんの悩み。
沈黙していると、ずばり当てられて益々何も言えなくなってしまう。そして吹雪は、いつの間に注いだのかミネラルウォーターの入ったコップを持って俺の目の前に座った。

「ね、鬼道くん」
「……」
「幸せって、うかうかしてると直ぐになくなっちゃうものなんだよ」

その言葉に少し目線を上げると、吹雪の深いエメラルドが目が合った。まるで深海を思わせるような瞳に、吸い込まれそうになる。
月明かりだけが光源のこの世界において、自分ひとりがゆっくりと海の底へ沈んで行くような、そんな感覚。


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