不器用な笑顔



※アンケートリクより


あの笑顔が自分に向けられたらどんなに幸せか。
決してこちらには笑顔が向けられたためしはない。
彼は優しいから誰であろうとも笑顔を見せる。
それを自分だけに向けさせたい。
そう思い始めた。
曹操の息子である曹丕は夏侯淵に密かな想いを抱いていた。
あの夏侯惇の従弟であり優秀な武人でもある夏侯淵はあまり曹丕と会う機会が無いと言っても過言ではない。
だから彼が笑顔を向けたのはほんのわずかであった。
曹丕は夏侯淵に会いたいと思うまでに想いを募らせていた。
やはり曹操の息子と言うだけで皆が自分をちやほやしていく。
親の七光りを得ただのと小言を言う輩は後を絶たない。
そんな風に見ないで欲しい。
曹丕として一人の人間として見て欲しい。
だから彼は自分をそう思っているのであろうか。
曹丕は自分を見てくれる者はいないと思っている節がある。
だからあまり他人には笑う事はしなかった。
心を閉ざし誰をも否定する。
幼い頃からそんな風に生きていたから、彼は自分には笑ってはくれないだろう。
曹丕は夏侯淵の元へと向かった。
仕事上、会わない訳にもいかない。
だから訪ねてみた。
「すまないが夏侯淵将軍、話があるのだが?」
「おや、珍しいですな。曹丕殿がこちらにお出でとは」
「用があったから仕方あんまい…」
曹丕は夏侯淵を見るなり竹簡を渡した。
「将軍、この仕事をやってもらいたいのだが」
「こんなにですか?」
「本来なら夏侯惇将軍の仕事なのだが、夏侯惇将軍はこの城には不在であるのは知っているだろ?」
「ああ、援軍要請で戦場に赴いているのは知っているさ」
「だから、夏侯惇将軍の変わりに貴方がやって欲しいのだ」
曹丕は冷静に夏侯淵に話を進める。
「貴方ならこんな仕事、直ぐに終わるだろ?」
夏侯淵は竹簡を広げて軽く流すように読む。
「ああ、問題はなさそうだな…」
「よかった。貴方に頼んで正解でしたよ」
「どういう意味だ?」
「実は他人に任せるよりはみじかな相手が良いと思っただけだ」
「司馬懿殿がいるじゃねえか」
「司馬懿は別の仕事をやっていて手がつけられない。かと言って私がやる仕事ではないので貴方に仕事を頼んだのだ」
「そうか…曹丕殿」
「何だ?」
「もう少しにこやかに笑ったらどうだ?」
「笑うだと?」
夏侯淵の言葉に疑問を持った曹丕は夏侯淵に問い返す。
「あんたは殿の息子でその才は有能なのは誰しも認めてる。だがあんたには足りないものがある」
「足りないものとは何だ?」
夏侯淵は曹丕に近づくと突然、身体を抱きしめられた。
「!」
「足りないと言うのは笑顔と思いやりだ…あんたはそれが欠けている」
夏侯淵は曹丕の頭を優しく撫でた。
「あんたが笑うだけで印象が大分変わると思うんだけどな…」
夏侯淵は曹丕に微笑みを向けた。
初めて、彼が自分に笑ってくれた。
なんて優しい笑顔でこちらを見るのであろうか。
こんな風に誰かが自分を見て笑うのは初めてかもしれない。
「わからないなら、俺が教えてもいいんだぜ?」
「な、何を言う。いい加減に離せ!」
「おや、失礼しましたっと…」
夏侯淵は曹丕を離す。
曹丕はまるで子供のように言いくるめられている気がしてならない。
いらいらが募る。
「夏侯淵将軍、貴方は私に足りないものがあると言いましたな?」
「ああ、そうだが…」
「なら、教えて欲しい。私の足りないものを貴方が…」
曹丕は夏侯淵を突然、床に押し倒した。
「うわっ、あっ…」
受け身を取ったとはいえ背中に走る痛みに顔を歪ませた。
倒れた夏侯淵に馬乗りのように跨いでその身体に座る。
「貴方が初めて笑ってくれたのが嬉しい。だが、私は笑顔が上手く造れない…」
「本当にあんたは不器用だな。まあそこは大目に見てやらないとな」
夏侯淵は曹丕の頬を撫でた。
「嬉しいと思ったんならそのまま感情を出せ。抑えるな…あんたは感情を抑える癖がある。まあ、あの殿の息子だ、後継ぎだから生きた環境のせいだろうけど」
「そんなの、関係ない。私は…」
「上手く言えないが、無理しなくていいんだ。あんたはあんたらしく生きてればいい。周囲に囚われすぎなんだよ」
「そんな風に私を想ってくれた人は貴方が初めてだ…」
そうだ。
周りの大人達は自分を曹操の息子として、いつか後を継ぐ者として見ている事が多かった。
だけど、目の前にいる男は違った視線で私を見ていてくれた。
それが何よりも嬉しくて。
何よりも心に響いた。
曹丕は自然に涙が溢れて雫が頬を伝い落ちる。
「おい、泣く奴があるか?俺はお前を泣かすような事は言ってないぜ…」
「嬉しいんです。そんな風に私を見ていてくれたのは初めてだったから」
「そうか…」
「夏侯淵将軍…」
「何だ?」
「私は貴方が好きです…」
曹丕は夏侯淵に口づけを落とした。
突然の行為に夏侯淵は曹丕の身体を退かす事も出来ずに、ただ受け入れるしかなかった。
ただ触れるだけの口づけなのに、長く感じた。
曹丕はゆっくりと唇を離すと自然に笑顔を浮かべた。
「私は貴方が好きです。夏侯淵将軍…」
「曹丕殿…」
初めて笑った笑顔は自然に浮かんだと彼は気づいていないだろう。
「あんた、ちゃんと笑えるじゃねえか…その調子で少しずつ慣れればいい」
「私が笑顔が造れたのは貴方のお陰です。貴方が私の側で笑ってくれたらどんなに嬉しいか」
「そんな事、簡単な事だろ。曹丕殿が俺の元に来れば問題ないだろ?」
夏侯淵の言葉に曹丕は驚きを隠せなかった。
本当に大胆な発言をする方だ。
それでもあの笑顔が見れるなら、妥協は必要だろう。
「わかった。これからも私は貴方の元に度々、立ち寄らせてもらう…」
曹丕は夏侯淵の提案に乗る。
「そうか…ならもうどいてくれないか?」
「すまない、重かったであろう…」
曹丕は夏侯淵から退くと腕を差し延べる。
夏侯淵は曹丕の腕を掴むと立ち上がった。
「まあ、仕事はやっておくから、また遊びに来いよ…」
「はい…」
曹丕は笑顔で夏侯淵に答え、部屋を出ていった。
そんな彼の姿を見ていた夏侯淵はため息をついた。
本当に不器用で扱いにくい。
だけど彼なりの良さを引き出せば彼は曹操よりも大きい器になると思う。
まるで大きな子犬に懐かれた気分であった。
まあ、こんな風に始まる関係も悪くはないと思った。
「これから忙しくなりそうだな…」
夏侯淵は自然と笑顔が浮かんだ。
それからというもの
曹丕は幾度となく夏侯淵の元に訪れる姿が度々、目撃されたという。





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