寝言



昔から怖い夢ばかり見続けてきた。

眠ることが怖くて、眠ることさえ出来なかった。

だけどここ張コウの屋敷へ来てからは不思議と眠れるようになった。

お陰で不眠症に悩まされ続けていた夏侯淵にとって、嬉しいことだった。

朝の日差しが部屋の中へ入り込み、鳥のさえずりが聞こえた。

「将軍、起きてください」
「ふみゅ…?」

瞼を擦りながら寝台の隣にいる張コウを見詰めた。

張コウは昨日夏侯淵に頼まれて一緒に寝ることになった。
別に嫌ではないが、いや、夏侯淵の頼みにはどんなことでも応じるつもりだが。
しかしここで一つ、間違いがあるので言っておこう。
夏侯淵とは一切、何にもなかった。
張コウの寝台で腕枕をして貰い、子供のように身を寄せて寝る夏侯淵。
初めて張コウは夏侯淵の顔を間近で見た。
とても綺麗な顔をしている。
寝台から張コウは起きあがり、座った。
夏侯淵はまだ眠いらしく、毛布を頭を隠すくらいまでに持っていき、寝ようとする。

「まだ眠い…」

少し不機嫌そうな声で言う夏侯淵に、張コウは毛布を想いっきり引っ張った。

「何するんだ!張コウっ」

布団を剥がされ、夏侯淵は寒そうに両手で自分を抱いた。
白い寝巻きは乱れ、膝上まで見ていた。

「とっとと起きて下さい!」

張コウは前、夏侯淵と一緒に寝ていつまで寝ていると夏侯惇に怒られた。
しかも二人一緒にだ。
それ以来、張コウはこうやって夏侯淵を無理矢理起こすことにした。

「うぅ〜」

観念した様子の夏侯淵はのろのろと起きあがり、目を擦った。
光が夏侯淵を照らし、クシャクシャになった髪の毛や漆黒の瞳に反射した。
ここに仲間がいたらきっと、騒ぎ立てるに違いない。
艶やかな鳶色の髪、そして漆黒の瞳、身長もあるし、かなり体格も良い。
顔も均等が整った方だ。
決して張コウに劣らない美形だった。
夏侯淵はどちらかというと親父系だろう。
しかしこうやって夏侯淵のことを見ていると、何やら回りのイメージと違う気がする。

「みゅ〜う」

妙な声を上げならのろのろと夏侯淵は、着がえ始めた。

「なあ、張コウ。何か俺、寝ているとき何か言ってなかった?」
「いえ…何も」

そう答えると夏侯淵は納得がいかないのか、少し不機嫌になった。

「何か、悪いことでもしたか?」
「いや、違う…やっぱなんでもない!」
短く「そうですか」っと言い、張コウも服を着替え始めた。
まさか、寝ているとき自分の名前を言うとは思わなかった。
とてもじゃないが、言えない。
驚いてしばらくの間、固まってしまった。
我ながら情けない。
あまりにも幸せそうに自分の名前を言う張コウに、少々赤くなるものがあった。

「何だ、張コウ!気になるぞ…」

夏侯淵が詰め寄ってきたが、張コウは知らんぷりを決め込んだ。





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