雨に佇む想い



雨が降りしきる日々が続いた。
乾いた大地に降りしきる雨は稔りの恵みを与える。
そして雨は全ての人間に平等に降りしきる。
悲しみも苦しみも大地に染み付く血をも洗い流す。
全てを忘れたらどんなによいか。
それでも冷たい雨が心地好いと感じた。

夏侯淵は降りしきる雨の中を一人佇んでいた。
戦に寄って多くの命が露と消えた。
自分の両腕は血に染まり誰にも触れる事は許されない。
だからこんな雨が降るだけで贖罪の涙を流す。
悲しみと苦しみ、心についた疵を癒していく雨に感謝したい。
夏侯淵は目の前で死んでいった者達を思う。
戦が無ければ死ぬ事もなかった命。
どうして人は争うのだろうか。
覇権は何も得る事も出来ないのに。
何もないものの為に人は争う。
どうして何だろう。
「妙才っ!馬鹿者っ、こんな雨の中で何をしている?」
「殿…」
夏侯淵は背後から声を掛けてきた曹操に振り向いた。
ただ静かに名前を呼ぶ。
「早く宮殿に戻るぞ…」
「殿、何故、戦をしなくてはならないのです…」
「妙才、何を言っている」
「どうして覇権なんて争うのです。誰もが死なずに生きられないのですか?」
「妙才…この国を統一するこそが真の平和の道ぞ」
「戦をしなくても平和にする事は出来ないのか。俺はもう誰も殺したくはない。両腕を血に染める日々はもう沢山だ!」
夏侯淵は曹操に思いの丈をぶつける。
だが曹操は夏侯淵の言葉を聞いた所で今までの事を変える気はない。
曹操は夏侯淵の頬を平手打ちで打った。
「甘えるな妙才…その甘さが我等の国が滅びを与えるのだぞ」
「でも…誰も傷つけたくないんだよ」
「妙才…」
曹操は涙を流す夏侯淵を抱きしめる。
「すまなんだ…お主が優しい心の持ち主なのは知っていた。いつかは心が折れるのをわかっていた…」
「殿…」
「だが、覇権を得て全てを統一するには犠牲はつきものぞ、大切なものを護りたいのなら護らねばならない。わかるな…」
「ああ…」
わかっている。
充分にわかっているのに現実はあまりにも酷であった。
「護る為には戦わなくてはならない。仕方ない事なのだ…」
「俺、大切なものを護る為にもやっぱり戦うしかないのかな …」
夏侯淵は曹操に呟く。
「それはお前次第だ。お前がやれる事で大切な者を護れるかもしれぬな…」
「俺のやり方で護る。わかったよ殿…」
夏侯淵はやっと微笑んだ。
悩みが吹っ切れた訳でもないがどうやら気持ちは一歩前進したようだ。
「殿、甘えた事を言ってすまねえ。もう弱音を吐かねえからよ…」
「そうか。だが悩んだ時は儂や惇が相談にのるぞ…」
「ありがとうございます…」
「さあ、早く宮殿に戻ろうぞ。風邪を引いては元もこうもあるまい」
「はい!」
二人は急ぎ宮殿へと戻った。
宮殿に戻るとびしょ濡れの二人を見た夏侯惇は家人を呼び湯殿の用意をさせた。
「こんな大雨の中、二人で何をしてたんだ?」
「元譲が気にするような事はないぞ」
「惇兄、俺が悪いんだ。殿を責めないでくれよ…」
「話は後で聞く、早く身体を温めにいけ…」
夏侯惇は溜息を一つ吐いて二人を湯殿へと行くように催促した。
曹操と夏侯淵は夏侯惇の言葉通りに湯殿に行き、身体を温めた。
「妙才、戦が無くなるような日常を作る為にも儂の元で働いてくれるか?」
「ああ、俺は殿の元で働く覚悟はもう出来ております…」
「そうか、それを聞いて儂は安心したぞ…」
「すみません…もうあんな事言いませんから」
曹操は夏侯淵の頬に触れる。
「謝るのは儂の方ぞ。すまない、痛くはなかったか?」
先程叩かれた頬を優しく撫でる曹操に夏侯淵は笑顔を浮かべて安心させる。
「平気です、俺の為と思ってしてくれた事だから気にしてません」
本当に優しい心根の持ち主だ。
自分が悪い事をした気が失せる。
「妙才、共に生きようぞ…この乱世を終わらせる為にも」
「はい…」
曹操はゆっくりと夏侯淵に口づける。
夏侯淵も抵抗する事なく受け入れた。
誰もが幸せになる為に戦い生き抜こう。
もう悲しみから逃げないように。
降りしきる雨は続いた。
だが、晴れれば気持ちはすっきりとする。
安らぎを与える雨は癒しを与え、生きる活力を産む。
夏侯淵はもう二度悲しみに濡れる涙は流さないと誓うのであった。





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