水を求めて行き倒れ


「……」


夏休みに入って間もない猛暑の日。
“それ”は俺の家の前に倒れていた。
気だるい程むしむしとした湿気と、痛い程じりじりとした日差しが鬱陶しい…が、しかし。
目の前に倒れている“それ”の方が余程鬱陶しい。
うつ伏せになって倒れているその姿は俺と同い年くらいの女の子だった。
こんな日にアスファルトに倒れていて熱くないのか…?


「おい、どうかしたのか?」


しゃがみこんで彼女の肩を叩く。
何回も呼びかけてみたが…返事が無い、ただの屍のようだ。
だからと言って、このまま放置しておくわけにも行かない。
仕方ない…とりあえず中に運ぼう。幸い、俺の家の前に倒れているのだから。



「お、重かった…」


彼女をおぶって家の中まで運ぶのは相当の重労働だった。
根本的に我が家が広いからかもしれない。いや、自慢じゃないぞ?決して自慢じゃない。俺の家は一般家庭の家より少しばかり広いだけだ。
決して彼女の体重が重かった、ということではない…でも、想像していたよりは重かった。女子が太りやすいというのも分かった気がする。
俺は彼女を客室の一つのベッドに寝かせた。


「何処の子なんだろう…」


すやすやと眠っている彼女の顔にかかった髪をはらってやる。きっと中学生だろうけど、小学生に見えないことも無い。眠っていても分かるほど、人畜無害そうな顔だ…本当に中学生だよな?
一応、他校の中学の制服らしきものを纏っている。なんちゃって制服かもしれない。
そもそも、何で俺の家の前で行き倒れていたんだ?彼女の正体も目的も、何もかもが分からない…
頭の中で悶々と考えてみるものの、解決にはつながらなかった。


「んン……っ」


すると、ベッドで眠っていた彼女が目をこすりながら重そうに体を起こした。
寝惚け眼でキョロキョロと辺りを見回し、大きな欠伸を一つ。
そしてぐぐぐっと伸びをして、開口一番。


「よく寝たぁぁぁぁぁぁっっ!!」


屋敷中に響き渡るような大声で叫ぶ彼女に思わず耳を塞ぐ。
少し煤汚れた顔はすっきりとした、というような爽やかな笑みをたたえている。
ぼさぼさになった髪の毛をわしゃわしゃと掻き回してもう一度欠伸。
そこで、ようやく彼女は俺に気づいた。


「あれ…君は…?」

「俺は神童拓人。家の前に倒れていたお前を運んだんだ」

「私、苗字名前。助けてくれてありがとう、拓人っ」


いきなり呼び捨てか…まぁ、いいか。俺も名前で呼ぼう。
俺は彼女に置いてあったアイスティーとクッキーを勧める。
キラキラとした目でそれを頬張る彼女は、まるでリスのようだ。
彼女はあっという間に食べ終えると、満腹とでもいうようにお腹を撫でた。


「ごちそうさまでしたっ」

「…ところで名前、お前は何で俺の家の前に倒れていたんだ?」

「んっと…喉がカラッカラに渇いてお水が飲みたいな〜、って思ってたら君の家を発見して…ここなら水くらいくれるよね!って感じでチャイムを鳴らそうとしたら、眩暈がして気がついてみたらこの通り!君の家にいたって訳よ〜」

「何て図々しいんだ……」

「まぁまぁ、いいじゃないのっ!人助けしたんだよ?それに…私としては水よりも美味しいものをご馳走になっちゃったわけだしねっ」


「ラッキー!ラッキー!」と笑っている名前に、俺は深く溜息をつく。
駄目だ…なんて疲れるんだろう。テンションが高すぎる。
俺はこういうタイプではないから、いまいち反りが合わない。こう言う奴は天馬と気があうんだろうな……
まぁ、あのまま助けないわけにもいかなかったし、結果オーライということにしておこう。


「んじゃー、拓人にお礼しないとね!」

「礼なんていいぞ?別に気にしてないし…」

「いやいや、人間たるもの礼儀を尽くすべきだよっ」

「それはそうかもしれないが…」

「でしょでしょ?じゃあ、お礼するね〜っ!」


今ここでか?なんて些細な疑問はすぐに吹き飛んだ。
感じたものその一、俺の唇に触れたあたたかくて柔らかい何か。
その二、視界を埋めた名前の顔。
その三、ちゅ…という軽い音。
その四、彼女の髪から漂うシャンプーの匂い。
その五、今まで感じたことの無いような胸の高鳴り。


「んぅ…!?」


キスをされたと気づくまでに数秒はかかった。
頭がぐちゃぐちゃして、顔に血液が集まる感覚に襲われる。
名前は俺の唇から自分のそれを離すと、にっこりと微笑んだ。
ほんのりと朱色になった彼女の顔は今までに無い程に輝いて見えた。


「お礼完了!改めまして…神童拓人君!君に一目惚れしました!付き合ってくださいっ!!」


告白されたと気づくまでに一分はかかった。
ぺこりと頭を下げて手を差し出してくる名前。
真摯な彼女の姿に、俺もついに心動かされてしまった。正直仕方無しにという感じもするが…
俺は深呼吸をして息を整えると、熱くなった手で彼女の手を握り返す。


「俺でよければ…喜んで」


顔をあげて満面の笑みを浮かべる名前に俺も笑い返した。
飛びついてくる名前を抱きとめる。う、やっぱり少し重い。
いろいろと話を聞くと、昨日このあたりに引っ越してきて九月からは雷門中に転入するらしい。
「これでいつでも一緒だね!」と笑う名前は太陽のようだった。


初めて会ったばかりのお前に、初めてのキスを奪われて、俺は初めて恋をした。



水を求めて行き倒れ


(今思えば、俺も一目惚れしていた)



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企画「彗星」様に提出させていただきました。

初めてのイナゴキャラですね…
拓人君、いまいち口調がつかめません。
実際と違うところがあっても、そこはジャッジスルーでお願いします。

素敵企画様に参加させていただき、ありがとうございました!


果実



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