近づいた距離だけ


(風丸視点。名前ちゃんは年上)




「結婚、ですか…?」

「そうなの、私結婚するんだよねぇ」


名前さんが紅茶を差し出しながら何気なく呟いた言葉は、俺の心に深く突き刺さった。
何で、何で名前さんが結婚なんてするんだよ、どうして…それもこんなに急に結婚なんて。
俺は訳の分からない感情に振り回されながら、狼狽した。

苗字名前さんは俺の家の隣に住んでいる美大生だ。
裕福な家に生まれた名前さんは、とても上品で優しくて美人で…とても理想的な女性だ。
昔から「優しいお隣のお姉さん」として慕ってきたけれど、いつしかそれは恋心に変わり、俺は淡い想いを彼女に抱いていた。
勿論、表情にそんな感情を出しはしなかったものの、想いが絶えることは無かった。
そして、今は名前さんの家で数学を教えてもらっている真っ最中。


「ど、どうして結婚なんて…?」

「前から決まってたのよ。親に決められた許婚がいてね…」


俺が恐る恐るというように訊くと、名前さんは苦笑しながら目を細めた。
確かに裕福な家なら良くある話なのだろう。でも、急にそんなことを言われるとは思わなかった。
もっと、もっと早く知っていれば恋心など抱かなかったかもしれないのに。


「3ヵ月後、かな…ジューンブライドがいいって、彼が言うからさ」


彼、とは間違いなく名前さんの許婚のことだろう。
俺の知らない誰かと結婚してしまうなんて嫌で嫌で仕方ない。せめて、俺の知っている人なら良かったとさえ思う。
それならまだ納得できたし、自分に言い聞かせることも出来た。それなのに、どこの馬の骨とも知らない奴と結婚する、なんて。


「私ね…本当は結婚なんてしたくないの。ずっとずっと、ここでのんびりと暮らしていたい……でもね、父さんと母さんに迷惑かけたくないから」


少し寂しげに言う彼女に俺は目頭が熱くなった。
でも泣いたらいけない、変な奴だと思われてしまう。俺は涙を押しとどめながら名前さんから目を逸らした。
と、そのとき、俺をふわっとしたぬくもりが包んだ。
名前さんが俺のことをぎゅっと抱き締めていたのだ。心臓がどくりと跳ねる。


「名前…さん……っ?」

「一郎太っ…私、貴方のことが好きなの……」

「っ…!?」


目の奥に溜まっていた涙がすぅっと引き、代わりに頬に熱が集まっていった。
名前さんが俺のことを好き…夢、じゃないのか?俺たちは両想いだったのか…?
さまざまな感情がグルグルと頭を巡って混乱してしまう。
俺はそっと名前さんを抱き締め返した。思っていたよりもずっと細くて、折れてしまいそうだ。


「ごめんね…歳の差もあるし、私には許婚がいるし……諦めるから、最後に我儘一つさせて?」


ちゅ、と軽いリップ音が部屋に響いた。
本当にお遊びのように軽くて短いキスだったけれど、とてもとても長い時間のものに感じた。
紅潮した顔を上げると、名前さんの目は涙で潤んでいた。すごく、綺麗だ。
俺は、名前さんの桃色の唇にそっと口づけて微笑んだ。


「俺も…名前さんのこと大好き“でした”」

「ん、私も大好き“だったよ”…一郎太」



小さな俺の初恋は、シャボン玉のように消えた。



(花嫁姿の名前さんは)
(とても綺麗で)
(幸せそうだった)




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遅くなりましたが、杏様のキリリクで風丸切甘です!

年上ヒロイン、というのはどうにも切なくなってしまいますね…
叶わぬ恋というのはもどかしいなぁ、と書きながら思ってしまいます。
風丸報われなさすぎて可哀相になってきました。

杏様のみお持ち帰りOKです!
書き直して欲しい!ということであれば何なりとお申し付けください^^
キリリクありがとうございました〜っ


果実



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