エゴイスティック症候群


(R15、いろいろ酷いので閲覧注意)






苛々する苛々する苛々する苛々する。何なんだよ、この意味不明な感情は。胸の中に澱みが、蟠りが出来ている気分だ。胸の内で何かが腐っていくような感覚がする。

「胸糞悪ィ…」

部室の壁を殴るとじわり、と右拳に血が滲んだ。苛々は収まらない上に増幅していく。膨らんで膨らんで弾けるかと思うくらいに増幅していく。ひたすらに壁を殴る音だけが鳴り響く。機械音のように規則的に冷徹に。右拳に奔る痛みも滲んでいく鮮血も、この感情に霞んで俺の頭には残らない。それほどまでに感情が捻じ曲がっていると実感したその時。

「……剣城?」

その聲は。俺を苛つかせて惑わせて狂わせるその聲は。嗚呼、やっぱりそうだ。人畜無害そうな顔を俺に向けて。不思議そうに顔を俺に向けて。「どうしたんだ?」なんて平然と俺に近づこうとしている、女々しいキャプテン殿。一歩一歩、足音が近づいてくる度に増幅した黒い何かが暴れた。

「剣城、お前その右手っ…!」

ぼたぼたと血が流れ落ちる俺の右手を見て、神童は歩みを走りへと変えた。やめろ、俺に近づくな。俺をこれ以上狂わせるんじゃねぇ。そんな聲すら喉を押し上げられずに、腹の中に蓄積されていく。神童の細くて女みたいな指先がそっと肩に触れた瞬間、体中を蛇が這いずり回るような悪寒が奔った。

「っ…俺に触るな!」

奴の手を叩きつけるように振り払う。驚き困惑した神童の顔を睨みつけて、俺は右手に滲んだ血をぺろりと舌で舐めとった。息が上がってくらくらする頭に染み渡る鈍い錆の味。訳の分からない感情に理性が押し流されていく、気持ちが悪い。ゆっくりと、俺に近づいた神童のように、ゆっくりと。俺もまた神童に近づいていく。縮んでいく、離れていく。そして神童の背中が部室の壁に当たって距離はさらに縮んだ。神童の顔の横壁を思い切り殴ると、紅血が散った。

「つ、剣城……っん!?」

「五月蝿い、黙れ」

怯えてふるふると震える神童の唇に乱暴に口付けた。必死に背けようとするその顔は手で押さえて動かないようにして。ただただ、その唇を貪欲に貪った。嗚呼、満たされていく。どす黒い感情を全て神童に流し込むように深く深く、口付ける。優しくはしてやらねぇ。無理矢理舌を捻じ込んで神童の唾液を絡めとった。俺が神童を支配している、今この瞬間に。『アイツ』じゃなくて俺が、この俺が。涙を流す目の前の瞳に映っているのは、下卑た笑みを浮かべた俺の顔。神童が唇を噛むと、舌に感じたのは俺じゃない血の味。優越感は最高潮。息苦しくなったのか、どんどんと俺の胸を叩いてくる。仕方なく唇を離すと、神童はその場に崩れ落ちた。

「うぇっ…」

びしゃびしゃとその場に嘔吐する神童。黄味がかったような茶色の吐瀉物が床に落ちてツンとした酸の臭いが充満していく。汚らしい、美しくない。天下の雷門中サッカー部のキャプテンが醜く俺の前に伏して嘔吐している。そう思うと何ともいえない脳髄が蕩けるような感覚に襲われた。気持ちがいい。全てを吐き出した神童は口の周りの汚物を腕で拭うと、涙で濡れた瞳で俺を見上げた。

「っ、何で…こんな、ことっ……」

「何でかって?決まってんだろ、手前が俺を狂わせたからだ。手前のせいだ。全部全部手前のせいだ。俺をこんな感情にさせて」

理不尽だとかそんなこと関係ねぇ。俺が可笑しくなったのはこいつのせいで、俺自身は何も悪くない。神童が俺を見ようとしないのがいけないんだ。俺に気付こうともしないで、放課後の部室で『アイツ』と不埒にも、猥らにも。思い出すだけでまた気分が悪くなる。『アイツ』の触れた手で俺に触れた、なんて穢らわしいんだ。気持ち悪い、気持ち悪い。

「き、りのっ……」

よりにもよって『アイツ』の名前を呼んで。

巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな巫山戯んな。

ぶちん。頭の中で何かが吹っ切れた気がした。もう許さねぇ。俺の理性はとっくに何処かに消えてしまったようで。世界が敵にまわったように、何もかもがどうでもよくなって。座り込んだ神童の両肩を押してその場に倒す。口付けた時よりも明らかな拒否反応。強張った顔を思い切り左右に振っているが、そんなものは見えない。何かを必死に叫んでいるが、そんなものは聞こえない。見えない、聞こえない、見たくない、聞きたくない。手前が俺を壊したように、俺も手前を壊してやる。











全てが終わった後、俺の前にあったのは、
部室の壁と拳を染めると、
神童自身の体を染めると、
本来美しい床を染めると、
俺の両の視界を染める



エゴイスティック症候群


(嗚咽の数は三人分)



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企画サイト「嘔吐」様に提出。
酷く書くのは楽しいですね。


果実





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