感じたぬくもり


「ら、雷門中を潰せって…どういうことですか?」

「言葉の通りだ。雷門中サッカー部を潰してほしい」


この男は何を言っているの…?雷門中サッカー部を潰すだなんてできるはずが無い。
そもそも、雷門中を潰して影山に利益があるとは思えない。
確かに次の秋葉名戸戦に勝利すれば、FF地区予選決勝の相手は帝国学園だ。
だからこそ、潰すという概念は可笑しい。四十年間無敗の帝国学園が、そんな卑怯な手を使うだろうか?


「お断りします…私は雷門中サッカー部のマネージャーです。わざわざ、仲間を潰すような真似は……」


正直、仲間と言っていいものなのか分からなかった。
宣戦布告をした時点で仲間では無くなったというべきかも知れない。
…それでも、彼らを完全に嫌っているわけではなかった。ほんの少しだけ、心の中で彼らを想う感情が残っているみたいだ。
彼らをみすみす、見捨てるわけにもいかないだろう。


「仲間…?忌み嫌われているお前がか?」

「っ…!?ど、どうしてそれを…!」

「雷門中サッカー部には帝国学園のスパイがいるからな」

「なっ……!」


嘲笑するように言う影山を前に、私は狼狽する。
私が嫌われていることを知った上でこの話を持ちかけたと言うの…?
それに、帝国学園のスパイがいるだなんて信じられない。
みんな仲が良かったし、スパイをするようには思えなかった。
…あくまでも、つい最近までは。今はどんな状況になっているかは分からないけど。


「…そ、それでも…私はお受けできません……」

「偽りの仲間を守りたいのか?」

「………っ」


本当のことを言われて何も言えなくなる。
もう仲間じゃないのに、傷つけられているのに、それでも守りたいと思ってしまう。
頭の中に浮かぶのは、楽しかった頃の思い出と蔑むような視線。
全てが入り混じってどす黒い何かへと変わっていくような気がした。
微かに残る「未練」が私を闇へ堕とすまいと繋ぎとめる。


「…そうよ、私はサッカー部のみんなを守りたい!もう決別したとしても、彼らを傷つける理由にはならない…こんな卑怯な手で、私は戦いたくないの!私は…!」


はっとして私は黙り込む。
怒鳴ってしまった…どうしよう、こんな口を利いても大丈夫なのだろうか?
仮にも相手は中学サッカー協会副会長だ。その権限でFF出場資格抹消なんてことになったら大変だ。
そして、しばらく沈黙の時が続き、私はあまりの息苦しさに口を開いた。


「す、すみません…!出過ぎたことを……」

「構わん、もう帰っても良いぞ」

「え?でも……」

「帰っても良いぞ」

「し、失礼いたします…!」


単調に言われ、私は転がるように部屋を出た。
あのままあそこにいても影山の機嫌を損ねるだけかもしれなかったからだ。
もう損ねてしまっているような気もするが…
私は出口を探して走るが、如何せん分からない。どうやら迷子になってしまったようだ。
うろうろと彷徨いながら角を曲がると誰かにぶつかった。


「きゃっ…!」


我ながら女々しい声が出たものだ。
まるで少女マンガのようにその場に倒れた私の目の前にいたのは、到底少女マンガに出てくるような王子様には見えない少年。
帝国学園サッカー部のユニフォームを身に纏い、赤いマントとゴーグル、そしてドレッドヘアが特徴的だ。


「ぶつかってすまなかった、大丈夫か?」

「鬼道有人……」


私に手を差し出していたのは、帝国学園サッカー部を率いる鬼道有人だった。
…相変わらず奇妙な格好だ。どういう趣味をしているんだろう。
彼の手を取って立ち上がる。…なんだか手が冷たい気がする。対応は紳士そのものだけど。
私はスカートの埃を払うと改めて向き直った。


「大丈夫よ、ありがとう」

「そうか、確かお前は雷門中サッカー部の…」

「覚えてるんだ…その通りよ、私は雷門中サッカー部のマネージャー、苗字名前。名前でいいよ、有人」


彼は信用できそうだから名前で呼ぶことにした。もっとも、帝国学園という事で疑う部分はあるけどね。
マネージャーと名乗っていいものなのか戸惑ったけど、彼に事情を知られるのも気まずい。
有人は私が嫌われていることを知らないはずだ…多分。
影山がわざわざ言ったりしていなければ、知っていないだろう。
そもそもそんなことを伝えても意味が無いとは思うけど…


「ゆ、有人…?まぁ、いい。ところで名前、お前はどうしてここにいるんだ?学校じゃないのか?」

「もう終わったよ、帰ろうとしたら影山総帥に呼ばれたの」

「総帥に?何故だ?」

「そこはシークレットね、言えない」


流石に言うわけにはいかない。
あくまでも相手は帝国学園の人間だ。この事が広まると都合が悪い。
根本的に他人には話したくなかったし…さらに疑いをかけられたらたまったものじゃない。
有人は顎に手を当て考え事をしている。結構さまになってるかも…


「事情はよく分からないが、気にしないで置こう。名前、出口は分かるのか?」

「いや、絶賛迷子中」

「仕方ないな…俺が案内してやろう」


苦笑する有人に連れられて、迷路のような帝国学園の中を歩く。
そのときも有人は核心に触れないように色々なことを話してくれた。
いい人なんだなぁ、なんて考えながら進むと出口が見えてきた。
何だかんだ言って出口まで遠いよ…しかも、あっちこっち曲がってばっかで訳が分からない。これは地図が必要なレベルだ。
そんなことを有人に呟くとクスクスと笑われた。


「笑わないで欲しいんだけど…」

「すまないな…可笑しくて、つい」

「気にしてないから良いけど…色々とありがとうね、有人」


にこりと微笑むと、有人もそれに笑顔で答えてくれる。
ゴーグルをつけているからよく分からないけれど…
こんな風に笑ったのは久しぶりかもしれない。私、まだ笑えるんだなぁ。
すると、有人がいきなり頭を撫でてきた。


「気をつけて帰れよ」

「はいはい、分かってるよ…それと撫でなくて良いからね?」

「何となくだ、気にするな」


何となくで女の子の頭を撫でるものじゃないぞ…
少し溜息を付くと、私は帝国学園から出て有人に手を振った。
有人は振り返してはくれなかったけど、微笑している。
うん、クールっていいね…知能派で紳士でお金持ちできっとかっこいい。
無駄なことを考えながら、私は帰路につくのだった。



感じたぬくもり

(久々に笑えてよかった)


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8話になります、まだ8話か…

今回は前半は影山さんとの暗いやり取り、後半は鬼道との恋人のようなやり取りという二段構成です。
名前ちゃんが鬼道とくっつくかどうかは神のみぞ知る。私も知りません。
まぁ、話を書いていくうちに何らかの形で仲が進展すると思います。

次回は真尋ちゃんと名前ちゃんの会話を書きたいですね…



果実




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