シトラスは爽風にのって


※なまえちゃんは一年生。爽やか青春。なかなかに甘酸っぱい。無駄に長い。




その人は、シトラスの香りとともに駆け抜けたのです。


放課後、私は帰宅をするために校舎を出ました。
文芸部の私は部活のために学校に残ることは少なく、ほぼ毎日、学校が終わると帰宅します。
グラウンドでは運動部の皆さんが、部活動に専念なさっています。きっと、夏季の大会のために練習をしているのでしょう。


「皆さん、ご苦労様ですっ。頑張ってくださいね!」


誰が聞いていると言う訳でもないのですが、グラウンドに向かってお辞儀をします。
小さな頃からの癖で、すぐにお辞儀をしてしまうのです。皆さんには変だと言われますが、お辞儀は大切なことだと思うのです。

私は意気揚々と校門へと向かって行きます。
今日は毎週楽しみにしているドラマの日ですし、夕飯は私の大好きなオムライスなのです。今からわくわくどきどきです!

足取りも軽やかに歩いていると、前方から走ってくる集団がひとつ。
オレンジ色のタンクトップが良く似合う彼らは、どうやら陸上部のようです。
十数人ほどの彼らはウォーミングアップでしょうか?隊列を成してこちらに走ってきます。
よく見ると、同じクラスの宮坂君も後方を走っています。

私は列を避けるように、道の端に寄ります。
陸上部の皆さんは私の横を颯爽と駆け抜けて行きます。
その時でした。

流れるようなエメラルドグリーンの髪を束ね、赤銅色の片目をした彼。
均整の取れた中性的なその横顔に、私は我を忘れたように立ち止まってしまいました。
彼の首元からフッと漂う爽やかな香りが鼻腔をかすめます。


「シトラスの香り……?」


はっと気づいて後ろを向くと、その人は集団と共に走り去っていきました。
何故だか心臓がどくどくと跳ね、頬が熱くなっています。
今までに感じたことのないこの感覚に私は少し混乱気味です。


「私、どうかしてしまったんでしょうか…?」



後日、私が調べたところによると、彼の名前は風丸一郎太先輩と言うそうです。
陸上部の二年生だそうで、なんでも陸上部でも一目を置かれているそうな。
先輩に後輩、同学年に至るまで、風丸先輩は人気です。

初恋、と言うのでしょうか…?
私は風丸先輩に好意を抱きました。
勿論、人生経験のまだ少ない私にとって初めてのことです。
風丸先輩のことを考えるとボーっとしてしまい、胸が締め付けられるようにきゅっと切なくなります。
校内や街中で見かけるたびに声をかけようか躊躇しては、そのまま何も出来ないのです。

風丸先輩の事が好きな女子は数多くいます。私なんかの思いが届く筈がありません。
外見が可愛いと言う訳でもなく、勉強やスポーツが突出して出切る訳でもない、性格も内気で人と話す事が苦手な私にはこれっぽっちのとり得も無いのです。

それでも、風丸先輩を見ているだけで私は幸せなのです。
この前は図書室で風丸先輩とお話しすることも出来ました。
先輩が読みたいと言っていた本を私が探したのがきっかけで、本のことについてお話しました。
運動部なのに読書家だなんてやっぱり素敵です。

そして今は下校途中。
今日は陸上部はお休みのようで、オレンジ色のタンクトップ姿は何処にも見えません。
帰る時に風丸先輩の姿を見るのが楽しみだったのに、少し残念です。
私はとぼとぼと家路へと歩みを進めます。


「おい、待ってくれ!」


ふと聞こえた声に振り向くと、何とそこには憧れの風丸先輩が。
あわわわわわ!どうしてここに先輩が!?
頭がごちゃごちゃして、ぐるぐるして、もう訳が分かりません。
立ち止まった私の横に風丸さんが並びます。ち、近い…!


「か、風丸先輩っ…!」

「よかった、やっと二人で話せる」


にこりと微笑む姿もまた素敵です。
でも『二人で話せる』というのはどういう意味なのでしょうか?
頭の良くない私にはさっぱり分かりません。


「あ、あの…どうかしたんですか?」

「みょうじ、だよな?お前と話したかったんだよ」

「わ、私と…!?めめめ、滅相も無いです!」


風丸先輩の言葉に私は首を左右に振ります。
ただでさえ、風丸先輩と一緒にいるだけで気絶してしまいそうなのに…!
それでも、私にとってはとても嬉しいことなのです。先輩とこうやってお話しすることは私の夢であり願望なのですから。


「この前、図書室で話しただろ?あんなに気が合う奴初めてだったからな」

「そ、そうなんですか…?私も先輩とお話できてとても楽しかったです」

「それは嬉しいな…そうだ、みょうじのおすすめの本教えてくれないか?」

「おすすめの本ですか…?それなら……」


私たちは夢中になって話しました。
おすすめの本のことに始まり、作家のこと、勉強、人間関係まで…
何故か時間が経つのが長く感じました。夕焼けが空を染めているのにも気づかないほど、話し込んでいたようです。


「…そういえば、みょうじは好きな人とかいるのか?」

「へぁっ!?す、好きな人ですか…っ?」


風丸先輩の問いに、私は思わず変な声を出してしまいました。
と、唐突すぎます…私の好きな人は風丸先輩。
まさかその本人に尋ねられるだなんて、思っても見ませんでした。


「…い、いますよ…好きな人」

「そうなのか…でも、一応伝えておくかな」


風丸先輩は立ち止まり、私に向き直ります。
私もそれに釣られて立ち止まります。こうして動きが釣られてしまうのも私の変な癖なのです。
一呼吸おいて、先輩は口を開きました。


「好きだ、みょうじ」

「……はい?」


今、風丸先輩は何と仰ったのでしょう。
好き?何を?何故私の苗字を呼んだのでしょうか?
呆気にとられている私に風丸先輩は続けます。


「部活中にすれ違ったときから気になってて…図書室で話した時からずっと好きだったんだ、みょうじのこと」

「先輩が…わ、私のことを好き……?」

「ああ」


どどどどどどど、どういうことなのでしょうか!!
私は夢でも見ているのではないかと思い、自分の手の甲をつねってみます。
しかし手の甲にはツンとした痛みが走り、今が現実であると言うことが分かります。
耳の先まで熱が集まり、息が乱れます。


「みょうじに好きな人がいるのにこんなこと言ってごめんな?忘れてくれて構わないから」


苦笑する風丸先輩。
まさか両想いだとは思いませんでした…でも、ここで私の思いを伝えなければ、私は一生後悔すると思うのです。
私は意を決して先輩に言います。


「か、風丸先輩っ…!」

「ん、何だ?」

「あ、あ、あのっ…そのっ……、わ、私も!私も風丸先輩の事が好きです!!」


つ、遂に言ってしまいました…!
恥ずかしすぎて顔から火が出てしまいそうです。
私が俯いたままでいると、私をふわりと何かが包み込みます。
何と私は風丸先輩に抱きしめられていたのです。


「風丸先輩っ…!!」

「嬉しいんだ、お前と両想いだって分かって……みょうじ、俺と付き合ってくれないか?」

「…はい、喜んでっ」


もちろん、答えはYESです。
まさか、大好きな先輩と付き合えるだなんて思っても見ませんでした。
神様、ありがとうございます!

向かい合って微笑む風丸先輩の顔は、どこか赤いような気がします。夕焼けのせいでしょうか?
私もそれに答えるように笑いました。

抱きしめられた時に感じた香りはあの時と同じです。
風丸先輩にぴったりな、初恋を思わせるシトラスが優しく香ります。
その香りと先輩のぬくもりに包まれた今日は、今までで1番のハッピーデイなのです!!


シトラスは爽風にのって


(なぁ、なまえ…って、呼んでもいいか?)
(は、はい…私も一郎太さんって呼びたいです)
(了解っ)



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