※なまえちゃんが報われない。苦いというか微妙。 天気予報のとおり、今にも雨が降り出しそうな曇り空。 じめじめとした空気と埃っぽい雨の匂いに息が詰まりそう。 それでも私は幸せ。なぜかと言うと目の前に「カレ」がいるから。 「はーるやっ!一緒に帰ろ?」 晴矢は、私の幼馴染で親友で自慢の彼氏だ。 ルックスもいいし、誰にでも好かれる性格、勉強も意外と得意。 小さい頃から仲はよかったけど、こんな関係になったのは3ヶ月前から。 告白したのは私からで、ちょうど今みたいな学校帰りにしたんだっけ。 私は晴矢の腕に自分の腕を絡ませる。 こうすると、晴矢のたくましさがよく分かって私は大好きだ。 「……なまえ」 「んー?」 名前を呼ばれて晴矢の顔を見る。 なぜかその顔は無表情だった。 無表情と言うよりは、何かに思い詰めているようにも見える。 どうかしたのかな…? 「なまえ…俺のこと本当に好きか?」 「愚問だね、大好きに決まってるじゃん」 好きだから告白したんだもん、当然だよ。 今だってこうやって晴矢の隣にいられるだけで私は幸せ。 「じゃあ…何で昨日あんたの家から風介が出てきたんだ?」 「風介……?」 確かに、昨日私は風介を家に招いた。 でもそれは、いかがわしいものではない。 晴矢が喜びそうなことを訊いたり、恋愛相談してただけ。 ここだけの話、風介は恋バナというやつが好きだ。 「ああ、ちょっと話したいことがあって話してただけだよ?」 「話したいこと?わざわざ、なまえの家でか?」 「……ねぇ、晴矢。何が言いたいの?何か変だよ?」 いつまでも表情を変えずに淡々という晴矢に、私は疑問を感じた。 普段の晴矢はころころと表情を変えて感情豊かに話す。 だけど、今日の晴矢は何かが可笑しい。 「…あんた、風介のことが好きなんだろ?」 「はぁ………?」 突拍子も無い一言に間抜けな声が出てしまう。 風介のことが好き?私が?私が好きなのは晴矢だけだもん。 私の家から風介が出てきただけで、どうしてそういう結論になるの? 「私は風介のこと、友達として好きだよ?恋愛感情なんて持ったこと無いよ」 「嘘つくなよ。あんた、この前学校で風介と抱き合ってたじゃねえか」 晴矢の眼光が刃物のように鋭くなる。 背筋に寒気が走った。こんな晴矢、今まで見たこと無い。 怖い、やめて、そんな目で私を見ないで。 「あ、あれは事故で…!」 そう、あれは事故だったんだ。 躓いてしまいそうだった私を、風介が受け止めてくれただけ。 ただそれだけなのに…晴矢に見られていただなんて気がつかなかった。 「言い訳すんじゃねえよ。俺のこと、好きでもないのに付き合ってたんだろう?」 「違う!私は、晴矢のこと本当に愛してる!この気持ちに嘘は無いよっ!!」 これが私の精一杯の気持ち。 風介じゃない、私が好きなのは晴矢。 「わ、私は!…私は他の誰でもない晴矢が好きなんだよ……っ」 喉から声を絞り出すようにして言う。 でも、晴矢の表情は一切変わらない。 見下すように、嘲るようにして私を見ている。 「そんなこと言われても信じられねえよ。前々からずっと思ってはいたんだけどよ…あんたが俺じゃなくて風介のことが好きだってな」 晴矢の声が少しだけ怒りを孕む。 どうして、そんな顔でそんな声でそんなことを言うの? わけが分からなくて頭の中がぐちゃぐちゃになった。 「…俺は本気でなまえのこと好きだ。だけど、なまえは俺のことお遊びくらいにしか思って無えんだろ」 ぽつりと、その一言は彼の唇から放たれた。 「別れよう、もうあんたとはやっていけねえ」 ぐさりと、その一言が私の心に突き刺さる。 「な、何言って…別れるって…?!」 「辛いんだよ、偽りだけのこの関係がな」 偽り?何が偽りなの? 私は晴矢だけを愛してるのに。風介のことなんてどうとも思っていないのに。 偽りなんかじゃない、私は心の底から晴矢を愛してる。 なのにどうして…どうして分かってくれないの? 「私、本気で晴矢のこと好きだよ!?嘘じゃないよ!!」 「それが一番嫌なんだよ!!!!」 町中に響くほどの晴矢の怒号に身が縮まる。 いつに無く目を血走らせて私を睨みつけている。 月色の双眸が三日月のようにつり上がり、私を捉えた。 「思ってもいねえこと言われても嬉しくもなんとも無え。寧ろ、苛々すんだよ」 「そんな…っ、私を信じてよ!!」 「…もう、終わりなんだよ」 ぽつぽつと雨が降り始める。 それを合図にしたかのように晴矢は「じゃあな」と言い捨てた。 絡めていた腕を振り払われ、私はその場に泣き崩れる。 晴矢は傘を差さずに歩いていく。 振り向きもせずにその姿は徐々に小さくなった。 「晴矢…晴矢ぁっ……!!」 涙が溢れて頬を濡らす。 本降りになった雨と涙が混じりあい、私は全身ずぶぬれになる。 私の叫びが嗚咽とともに雨の中に溶けた。 |