最後のデザートも凄く美味しかった。
ただ今日はお酒がよく進んだためその味もすぐに忘れてしまったから、勿体無い。

帰り際、ズミさんは「誕生日ですから」とあたり前のように伝票を奪った。
さすがに頭の回らない今でもそこはちゃんと反応し、私は会計までの道程で財布を見つけようと鞄を漁る。
だがその手をズミさんが静止し、人の顔をみつめて「いいですよ」と言った。



「でも、やっぱり悪いです」

「では外で待っていてください」

「え?」

「この後、だめですか」



またしても突然の誘いに、何がなんだか分からなくなり立ち止まる。
その間にもズミさんは手際よく会計を済ましてしまい、「ほら、」とドアを開けて私を待っていた。
ちゃっかり預けた荷物まで彼が持っていたので、また上手いこと私は流されてしまったのだ。








******









すっかり暗くなってしまった空を眺めながら、ひんやりと冷たい夜風に目を閉じる。
昼間賑わっていた街通りも、今では嘘のように静まり返っていた。
適当にその辺のベンチに座らされ、いつの間に買ってきたのか「どうぞ」とズミさんからホットドリンクを手渡される。



「すみません、ありがとうございます」

「夜は冷えますから、体調を崩さないように」



そのままズミさんも私の隣に座って、ドリンクを口にする。
そっと息を吹きかけながら口にしたそれは、甘くじんわりと口に広がった。
その味におもわず「うあ、」と間抜けな声を出してしまう。



「ひさびさにミルクティーのみました」

「お口に合いますでしょうか」

「はい、おいしいです」



それは良かったです、と微かに笑った彼からは煎り豆の芳ばしい香りがする。
ズミさんは珈琲なんだ。ぼんやりとそんな事を考えながら彼の横顔を眺めていると、突然視界が絡まった。
何もせずにただじっと見つめ合っていると、ズミさんが私の手を取って優しく握る。



「あの、」

「はい」

「ズミ、さん」

「なんでしょう」

「く、くすぐった」



掌を撫でたと思ったら、そのまま指の関節をなぞったり、お互いの指を絡まれてくっと握られたり。
くすぐったい、と言うよりなんだか変な気分になってくる。胸の奥がムズムズするようなもどかしさに襲われていると、頭上から微かに笑う気配が感じ取れた。



「どうしました」

「や、あの」

「言葉にしなければ、分かりません」

「ひゃっ、」



耳元で囁かれ、ゾクゾクと背筋が震えた。
そのまま頬にズミさんの唇が掠り、微かに感じる暖かい吐息に全身が疼く。
脱力し、ベンチの背もたれに身体を預けると、後を追うようにズミさんが覆い被さってきた。



「ナマエさん」



甘い囁きに、何も抵抗できなくなる。
ぼうっとする頭でズミさんの顔を眺めていると、すれすれの距離まで唇を寄せられた。
今にも触れそうなその距離に何もせず黙っていると、切なげに彼の目が細められる。



「いいのですか」



その言葉さえ、私の頭の中で溶ける。
黙り続けているのを肯定と捉えたのか、噛み付くようにズミさんが唇を重ねてきた。
歯列をゆっくりとなぞられ、堪えきれずに口を開くとそのまま ずぷり、と熱い舌が割り込んでくる。
ねっとりとしつこく舌を絡み取られ、息も絶え絶えに抵抗してみるもしっかりと頭を押さえ込まれていてそれも叶わなかった。



「ん、あっ、やあ、」



鼻から抜ける甘い声に、彼の攻めがよりいっそう強まった気がした。
お互いの唾液が交わる卑屈な音に思わず目を強く閉じると舌を吸われ、聞いた事も無いようなソレに更に顔が熱くなる。
ちゅ、と下唇を甘噛みされ、またもや迫ってきた彼の顔を今度は素早く手で覆い返した。



「な、なに、するんですか!」

「おや、非があるのは私だけですか」

「どうみたって襲われてるの、私じゃないですか!」

「誘ったのはどっちでしょうね」



まだ熱が冷めてない眼差しで見つめられながら、唇をゆっくりと名残惜しそうになぞられる。
ゾワゾワと背中に何かが駆け上がってくる感覚に再び襲われ、出来る限り彼との距離を取った。



「人の気持ちも知らずに、そんな顔でいるから」

「な、」

「食事の時も気がおかしくなりそうでした」



微かに笑うズミさんに、今度は嫌な寒気を感じた。
そう言えば今日の彼は、やけに私の事を見つめていたような気がする。
まわらない頭なりに一日の事を思い出していると、そこで私は気付きたく無い事に気付く。



「あの、そういえば花は」

「ああ、どうせいらないのであのまま店に渡しました」



は、と口を開けていると、対象にどこかズミさんは楽しそうだった。
本当にこの人はなんて男なのか。
驚きで硬直していると、いつの間にか背中に手を廻され、そのまま抵抗する間もなく腰を引き寄せらられる。
逃げようと必死にもがくも、力の差に成すがままだった。



「それにしても、今日はよく飲みましたね」



囁かれるよう言われた言葉に、ハッと息を呑む。
まさか、と疑いの眼差しでそっとズミさんを見上げれば、案の定私の嫌な顔で口角を上げたその表情に、ひくりと頬が引きつった。



「わざとあんなに飲ませましたね」

「失礼ですね、聞き上手、と言っていただきたい」

「私もう帰ります、離して下さい」

「一人でこの荷物を持って?そんなに飲んでいるのに」

「な、」



人の気も知らないで、よくもまあ。
どうせならこの荷物をこの場に置いて逃げてもいいが、後々これを理由に付きまとわれそうだし。
何より飲んでいる筈のズミさんは何故だかハキハキと動けていて、それが凄く恐ろしくも感じて足が竦んでしまった。

何も言えずに言葉に詰まった私を見下ろしながら、彼は至極楽しそうに「そうですねえ」などわざとらしく考える素振りをする。



「ミアレの宿ならいい所を知っていますよ」







どこまで私はこの人に流され、溺れていくのか










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