綺麗に切り揃えられた長方形のスポンジ生地の周りを、まっすぐラインが入るように生クリームを一周させる。
簡単なようで、これが結構難しい。ゆっくりやると歪むし、かといって早すぎても角が若干ズレてしまう。
沢山の内の一つぐらい。そう妥協するのは簡単だが、その一つを楽しみに買いに来てくれるお客様がいる。
たとえ一日に何百個という数を作ろうとも、一つ残らず美しく仕上げてこその職人技といえよう。

クリームが溶けないように再度手を冷水に浸し、今度は栗のペーストクリームを手に取る。
白い生クリームの上を沿うように絞り、先程よりも口の狭い絞り口に細心の注意を払いながら、腕が下らないように流れを描く。



「ナマエ、上手くなったな」



滅多に褒めない事で有名な堅物先輩が、出来上がったスイーツを見て満足そうに頷いた。
おもわず嬉しくなって、顔には出さずに手を力強く握り締める事でその余韻を噛み締める。
有難う御座います と真顔で返せばまた一つ頷き、先輩は出来上がったケーキの一つを手に取る。



「きっと気に入るな」



その言葉に疑問の眼差しを向ければ、彼はボードに貼られた予約伝票を指差した。
特に祝い事シーズンでもない今日は、うちで売られるいつもの通常ケーキに予約は無い。が、何故か一人だけお客がいたのだ。
たまにこういった事もあるからあまり気にはならないが、やけに今日は先輩がそわそわしている気がしてならなかった。



「昼に取りに来るそうだ。丁度休憩時間と重なるから、俺が行って来る」

「え、でも」

「いい。お前はしっかり食って、午後に備えろ」



それだけ言って先輩は向かいのテーブルへ戻って行ってしまった。
誰だろう。もしかしてお客さんとはお得意様なのか、それとも女性関係?
じっと背中を見つめながら手を止めていると、同じ作業場にいた同期に肘で背中を突かれる。
気を切り替えないと。手の温度に気をつけながら持ち手の位置を変え、再び絞り作業に奮闘しようとした時だった。



「ナマエさん、もうすぐ終わりそう?」

「はい、もう終わります」

「よかった、じゃあ休憩行く前にちょっと来てもらっていい?」



あの日食堂で話してからか、彼女は私に以前よりも気軽に声をかけてくれるようになった。
それでも暇な時なんて滅多にないため私語は出来ないが、重要な仕事を任せてくれる機会が増えた気がする。
色々な仕事が出来るのは、とても嬉しいことだ。
それが自分の力になる。そしていつかそれを完璧に物にし、また下の代に受け継がれていく。
料理人の世界は上下関係も厳しいし、肉体的にもハードだ。だがその中で輝く繊細な技術、芸術性を誰よりも近くで見て、知ることが出来る。

頑張っていれば、その分だけの結果がついてくる。
全員が見ていなくても、だれか一人は必ず気付いてくれている。そう信じて毎日、同じ事でも繰り返し続けてこれたのだ。









*******








「え、話ですか」

「ああ、すぐ終わる」

「はあ、」



通常帰宅時刻も過ぎ、早めの残業終わりで道具を片付けていた時だった。
今朝ケーキを届けてくれると言った先輩と、それから後ろにシェフまで居たのに気付いて無意識に背筋を伸ばしてしまう。
いったい何を言われるのか。
洗い物だけ手早く済まし、二人が待つ廊下へ急いだ。

薄暗い廊下の下。その顔からはどこか緊張感か読み取れて、じんわりと手に汗が浮かぶ。



「ナマエ、いきなりな話かもしれないが」

「は、はい」

「お前には異動して貰うことになった」

「え、」



異動。
その二文字が聞こえた瞬間、ぐっと息がつまった気がした。
一年間今の厨房で、私は全力を尽くしてきたつもりだ。残業が無い日も、一人で練習を積み重ねて。

何か非があったのか。言われて思い当たる事といえば、あの事しかない。
同期との仲間割れ。あまり表立って知られてないようだが、彼女と私が居る場の空気が悪いのは、皆薄々感ずいているようだった。
結局上手くいかなかった。
料理も、人付き合いも。
何もかも、中途半端なままで。

情けない自分に腹が立つ。
爪が食い込むほど強く掌を握り締めて俯いていると、そっと優しく肩に暖かい手が添えられた。



「ナマエには、メインダイニングの厨房に異動してもらう」

「お前の評価は高い、主に任せられるのはコース料理のデザートだ」



頑張って来い そう笑ってくれた目の前の二人を見て、何も言えずにただ立ち尽くした。
メインダイニングといえば、ホテル内で食事を提供する場の代表だ。
そのコース料理のデザートともなれば、全ての料理を引き立たせる重要な役目。

その仕事を、私が

信じられない。
夢でも見ているのか。起きたら更衣室のロッカーに寄りかかっていたとか、そんなオチではないのか。



今一度、自分の頬を抓ってみる。

目の前で苦笑いしている二人を見て、言葉に出来ない嬉しさに胸が締め付けられた。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -