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「……ぅっ」

ひどい倦怠感に包まれながら、私は重い瞼を開いてみせた。そうすることにより視認できたのは、見覚えのある石の天井。間違いない。アルテスタさんの家だ。
夜なのか薄暗い部屋の中、痛む体を無視して上体を起こす。そうして立ち上がろうとした時、とん、と肩に誰かの手が乗せられた。振り向けば、艶やかな金髪が視界の中に写り込む。

「ミトスくん……」
「……」

呼んだ彼は何を言うでもなく、私をベッドの中へと押し戻した。さすがに抗える体力もなく、私は大人しくそれに従う。そうして転がったまま、傍らにあった椅子へと腰かけるミトスくんを観察することに。

ミトスくんの体にはあちこち、真新しい包帯やらガーゼやらが貼り付けられていた。あの炎の中で火傷を負ったのかもしれないと、心配が募る。

「ミトスくん、その怪我……」
「ただの掠り傷。心配しないで」
「ですが……」
「ボクのことよりも、まず自分のことを心配しなよ」

少しばかり厳しい口調で言われ、自然と口を閉ざす。ミトスくんはそんな私に小さく嘆息した後、ゆっくりと口を開いた。

「一週間」
「え……?」
「……一週間寝てたよ、君」

え、と再び声が漏れれば、ミトスくんはもう一度息を吐いた。それは呆れか、はたまた安堵か。どちらなのかは生憎とわからない。

「リフィルさんを呼んでくるよ。傷の状態診てもらわないとだし」
「はぁ……すみません……」
「ありがとう、でしょう? こういう時は」

立ち上がったミトスくんにデコピンを食らい、慌てて「ありがとうございます」と言い直す。それが良かったのかどうなのか。満足げに微笑んだミトスくんは、そのまま部屋の外へと出ていった。残された私は一人、額を抑えたまま息を吐く。

「一週間……一週間、か……」

随分とまあ不調が出てきたものだ。やはり無理が溜まっているのやもしれない。
額から手を離し、嘆息。同時に開かれた部屋の扉へと目を向ければ、そこにはロイドさんたちの姿が見受けられた。皆心配してくれたのか、焦ったような、うれしそうな顔色だ。

「リレイヌ! よかった! 目が覚めたんだな!」
「一週間も寝てたから心配したよ! どこか痛むところとかない!?」

わらわらと集まってくる面々にたじたじになりつつ、大丈夫であることを告げる。それにより、皆がホッとしたような顔になる中、アルテスタさんがこちらへ。「リレイヌ、何があったんだ」と、事の真相を解明するべく訊ねてくる。

「お前の傷はただの傷ではなかった。誰かにやられたものだろう? 教えてくれ。一体誰にやられたんだ」
「……」
「リレイヌ」
「…………」

少しの沈黙の後、私はにこりと笑った。笑って、「すみません」と謝罪する。

「よく、覚えていないんです……」

それが、今の私が言える、精一杯の偽りだった。
眉尻を下げ告げた一言に、ジーニアスくんが「無理もないよ」とフォローを入れてくれる。

「誰だって嫌なことは忘れようとするものだし、あんまり問い詰めない方がいいんじゃない? リレイヌがかわいそうだよ……」
「だが……」
「アルテスタさん、気持ちはわかります。けど、今は落ち着いて。怪我のことだってありますし……」
「うむ……」

渋々と、アルテスタさんは頷いてくれた。その事実に内心ホッとすれば、リフィルさんが「怪我の具合をみましょう」とこちらへ。集っていた皆を追い出し、一人部屋に残ってくれる。

「リレイヌ。少し失礼するわね」

真面目に一言。言葉通り怪我の具合を確認した彼女は、驚いたように目を見開いた。

「これは……」
「リフィルさん……?」
「……いえ、なんでもないわ」

そんなわけないだろうとツッコミたいが、大体何に対して驚いたのかはわかっているので、敢えてなにも言わない。
なにかを考えるように押し黙ったリフィルさんを横、衣服の乱れを静かに正す。そうして一息ついたところで、タバサさんが食事を持ってやって来た。美味しそうなスープが、彼女の持つトレーに置かれている。

「お食事をお持ちイタしましタ」
「ありがとうございます、タバサさん」

ありがたく食事を受けとれば、リフィルさんが口を開いた。この調子ならば明日には動けるようになるだろうと、彼女は言う。

「けれど、あまり無理をしてはいけないわよ。くれぐれも安静に。わかったわね?」
「はい。ありがとうございます、リフィルさん」

ぺこりと頭を下げたところで、もう大丈夫かと、皆がひょっこり顔を覗かせた。当然、リフィルさんに怒鳴られた彼らは部屋の向こうへ。お説教を食らうはめに。

「……安静に、ね」

手元のスープを見下ろし、一人呟く。お言葉通り、そうしようと思った。

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