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1859年 安政6年



この頃はまだ、壬生浪士組が存在していない、近藤を初めとする試衛館一派が上京していない頃の話―― 





「晃。」
「はい?」
「ちょっと悪いんだけど新しい米を蔵から持ってきてくれない?」
「分かりました。」


晃と話していたのは、彼の実の姉、『津柚』である。

米の在庫が切れたのであろう。








蔵には米が沢山積んである。

もし地震が来るなどして落ちてきたら、はたして痛いで済むだろうか。



「これでいっか。」

晃が米を持ち上げようとした時―――

ギィ......



扉が開く音がして、振り返ってみると――

「ああ、渓斎けいさいさん。こんなところに来て、どうしたんです?」



渓斎は、よく土方が作って売っている『石田散薬』を買いに来ている客だ。
いつも石田散薬を売っている土方が不在の時には、代わって晃が散薬を作り客に―――そう、渓斎に売ったりしているし、晃が試衛館に来た時にはもう買いに来ていた為、顔見知りだ。
いつもニコニコとしていて、薬を買うついでにみんなに菓子を持ってきてくれたり、時には面白い話をして皆を喜ばせる。
いい人だ。






しかし、渓斎はどうしてこんなところに来るのだろう。
今日は土方は居る。近藤と一緒に喋っている。

晃の薬を作る腕も悪くは無い。
寧ろ良い方かもしれないが、土方の腕の方がいい為、態々晃の下へ来る必要はない。




――晃が尋ねても表情を変えず、黙って扉を閉める渓斎。


「……?渓斎さん?一体どうし―――っ!?」

その瞬間、渓斎が今までに見せた事のない不気味な笑顔を晃に向けた。

いつも優しそうな笑顔を向けている30歳くらいの渓斎。
晃には良い印象しかない。

――今までの人生殆ど閉ざされた世界で多く生きてきた晃には、その笑顔の裏に何があるかなんて全く想像がつかない。


「――お前も綺麗な様相のまま成長したなぁ。」

こちらへ向かって歩み寄ってくる渓斎。
それが不気味で、つい後ずさりしてしまう晃。

「――もう17かぁ。」

確かに、数え年では17になる。しかし、それとここに居るのとは何の関係があるのだろう。
それに、様相が綺麗だとかもここに居るのと関係はない。

晃が後ずさりする度に渓斎は歩み寄ってくる。

(……………怖い…)

また一歩、後ずさりをしたら、背に壁が当たった。

それからはもう逃げようとしても身体が恐怖で動いてくれなくなった。


「こんな事、これからいくらでもあるだろうからな。
 許せよ。」

今までに増して不気味な笑顔を渓斎は一瞬見せたかと思うと――



ドスッッ



「……っ」



腹を殴られた。渓斎に。
けど、殴られることなんて慣れている。昔からの事だ――


その場に倒れこむ晃。

それに乗じて晃を無理矢理仰向けにさせ、晃の上に跨ってしゃがむ。


「――っ何を――」
「黙ってねーと誰か来るぞ!?それでもいいのか?」



――別に知っていた訳じゃない。

――けど、無理矢理起き上がろうとする晃を抑えたら、手が自然と胸へといっていたのだ。




――そして、ばれる――


「――――――お前、まさか女だったのか!?」
「――っ!?」
「どうして女がこんな格好して…。
 お前は土方に偉く懐いてたな。そんなにあいつが気に入ってんのか?
 それにしてもよ、普通に女の格好でもして土方の隣にいればいいのによ。
 顔は綺麗なのに。もったいねぇや。
 大人しくしてな。そしたらばれやしねぇからよ。」


「―――ッ!?」




口を手で塞がれたまま渓斎の舌が自分の鎖骨の周りを舐め回し始めた。


酷い悪寒がする。


叫ぼうとしても恐怖で頭の中が埋め尽くされている為、声が出ない。




「女なら女らしくしてろ!」

右頬を殴られた。痛みはするが、それは今更苦でもない。
昔は散々殴られていたのだ。だからそんなことはどうでもいい。
それより、目の前の男が視界に入るたびに悪寒がして仕方が無い。


「っなせッ……!」

『はなせ』としっかり言葉が出ない。

渓斎は動こうとする晃の動きを阻止する為、晃の腕を床に押し付けた。


これで身動きは取れないだろうと、ツネと夕餉を作っていた為にしてあった尻っぱしょりの短い着物の裾から、渓斎の手が入ってくる。

今までにない程強烈な悪寒が襲い、晃は反射で渓斎の股を思いっきり蹴り上げた。



「うぐッ!?」

渓斎が倒れこみそうになった隙をついて晃は仰向けの姿勢のまま、渓斎を横に突き飛ばした。


そして自分も渓斎から離れて、急いで尻っぱしょりを解いて壁に背を預けた。





体の震えと悪寒が止まらない。



止まってほしくても、止まってくれない。



抑えようと努力しても、止まらない。


動きたくても動けない。


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