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「こっちだ」

頭上から声がしたかと思うと、瞬きよりも速い一瞬で肩から衝撃が走り、気が失せた伍兵衛。
地面へ頭から身体がめり込んだ。

「さぁ、どうします?」

いつの間にか比留間喜兵衛の隣に、壁に背を預けて寄りかかり、腕を組んで微笑した晃が立っていた。
今まで反対の壁に寄りかかっていたというのに、動きが速い。

「貴方はこれを企てた張本人ですからねぇ。」



ザンッ……!

晃の懐に入っていた短刀が喜兵衛の顔のすぐ隣に突き刺さった。
そしてヘナヘナと座り込み、泡を噴きながら小便まで漏らして気絶してしまった。

「ぬおぉぉぉおお!?汚いな!!」

間一髪で晃は刀を抜いて後ろへ跳んだ。

「本気で殺すかこいつ…。」

晃が刀の鯉口を切ると、剣心が宥めに入った。



――が、

「元はと言えばてめぇがこの阿呆を逃したから悪りぃんじゃねぇか!!
 お蔭で余計に被害が広まったんだぞコノヤロー!!」

晃はもう少しで小便をかけられる所だったので切れまくりである。
年齢を差別する気など毛頭ないが、この下らぬじじいに小便をかけられるなど、癪に障る。障り過ぎる。




「どりゃあぁぁぁあああ!!」

後ろへ下がったかと思うと助走を着けてまで跳び蹴りをしてきた晃に剣心は吹っ飛んだ。

「おろ〜〜!?」
「あーびみょーにすっきりしたー。
 ったくこのクソじじぃめ!」

晃が乱暴に喜兵衛の持っていた書類を短刀で切り裂いていると、いつの間にか剣心は起き上がって薫と話しをしていた。

「やれやれ…。」

このやれやれは、晃にも喜兵衛達にもあてた言葉なのだろう。


「策を弄する者ほど性根は臆病なものでござるな。
 …すまないでござる薫殿。拙者、騙す気も隠す気もなかった。」



剣心の表情には哀愁が漂った。
この男は生来素直な性格らしく、どうやら心から申し訳ないと思っているらしい。

どうもこの素直過ぎる男を見ていると、無償に敗北感に苛まれてしまう。
力の差云々ではなく、年齢の差である。
彼は自分より7つも年下のはずなのだ。…なのだが、どうも大人しい性格の剣心に比べ、自分はすぐに腹が立ってしまう。
というか、手や足が出るのだ。

そう晃が脳内で敗北感を分析している最中にも、彼らの会話は続く。






「――ただ出来れば、語りたくなかったでござるよ。
 …失敬…。」


抜刀斎がくるりと向きを変え、去ろうとした。
薫は何かを言おうとするが、剣心は全く気付かない。

「ま………………ま………待ちなさいよ!!」


その馬鹿でかい声に、剣心が大げさに肩をビクつかせた。

「薫声でけぇーしかも怖ぇー。」

「私一人だけでどうやって流儀をもりたてろっていうのよ!!
 すこしくらい力を貸してくれたっていいじゃない!!私は人の過去になんかこだわらないわよ!」

大きい声で言う薫。

「喜兵衛みたいなのもいるし、これからは多少こだわった方がいいでござるよ。」

それに対して穏やかに言い返す抜刀斎。


「――なんにしろ、拙者は止した方がいい。
 折角流儀の汚名も晴らせるというのに、本物の抜刀斎が居座っては元も子もないでござる。」
「抜刀斎に居て欲しいって言ってるんじゃなくて、私は流浪人の貴方に居て欲―――」

そこまで言って、薫はハッとして口を手で覆った。
そこで照れ隠しなのか何なのか、突然後ろを向いて薫は正反対の事をいいだした。
晃は一息ついて、近くに胡坐をかいて遠い目で二人を見ている。

「も、もういーわよ!
 行きたきゃ行きなさいよ!―――――でも、行くならせめて名前ぐらいは教えてからにしてよ。
 ”抜刀斎”って昔の志士名でしょ?――それとも貴方は、本当の名前すら語りたくないの?」




ガラガラ……ピシャン

薫はてっきり、襖を閉めた音で抜刀斎が行ってしまったかと思い込んだ。
――が、

「剣心。緋村剣心。
 それが拙者の今の名前でござる。
 拙者も少し旅に疲れた。
 流浪人故、また何時何処へ流れるか分からないが、それでよければ暫く厄介になるでござるよ。」


薫は喜びの表情を見せた。











―――そこで晃は、ふとある事に気付く。

(…あれ、俺蚊帳の外だ。)

だが、どうやら二人の会話は終わったらしい。
「――ところで、お二人さん。
 二人でいちゃいちゃするのは一向に構わないんですが、こっちは凄ーく居ずらいんだけど。」

晃は真面目に困った表情を見せて二人に言った。
剣心は阿呆面をし、薫は顔を赤らめて、
「いちゃいちゃなんて誰がしてるのよ!」
「いや、だからお二人さんが―――」
「してない!」
「はいはい、すいませんでした。
 ――さてと、用は済んだわけだし俺はこれで―――」

速やかに退却をしようとした晃の襟首を、それよりも素早く薫が掴んだ。

「――ちょっと待ちなさい。」
「は、はい…。」

晃は恐る恐る振り向く。


――しかし予想通りの答えが返って来た。

「貴方も手伝ってくれない?
 二人より三人の方がいいわ。
 それに貴方、町じゃあとっくに有名みたいだし。
 すごく格好良い剣客の流浪人がここ数日町に居座ってるって。さっきも恋文貰ってたでしょ?」
「いやいや、それは関係ないでしょ。
 そもそも女子で剣術をしようと考える人も少ないと…。」


「…あれ?恋文…?
 ちょっと待って!貴方達、幕末の志士だったのなら一体全体今幾つなの―――?!」

剣心は「おろ?」と呆け、 晃は「いや、それはさっき既に――」と言おうとしたが全く聞く耳を持って貰えず、薫はギャーギャと騒いで、道場中は大変な大騒ぎになったのであった。



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