「はい、黒子っち」

そう言って手渡されたペットボトルのお茶を受け取った僕はありがたくそれを頂戴することにした。ペットボトルの蓋を空け、一気に中身を傾ければ喉に冷たい物が流れる。乾いていた喉が潤い、胃から体全体に冷たさが染み渡って気持ちが良い。

今日から期末テスト一週間前で部活は休みだった。バスケをしたいと唸る火神君を宥め、何時もより早く下校をする。と、正門を見れば人だかりが出来ていて、その集団から突き出た黄色い頭が見えたから「またか」と思うより他なかった。こちらに気づいた黄瀬君は笑顔で手を振って、隣にいた火神君は「何でまたアイツいんだよ」と呆れながら呟く。

「黒子っちー!!一緒に帰ろーッス!!」
「遠くからお疲れ様です黄瀬君。海常からここまでは遠いんですから、わざわざ来なくても・・・」
「俺が黒子っちに会いたいからいーんスよ」

見たら10人中10人が落ちるであろう笑顔を振り撒く彼に、やはり周りに居た女の子たちが黄色い悲鳴を上げた。皆頬を紅潮させていて、こういう台詞はああいう女の子達に言うものじゃ無いだろうかとぼんやり考える。それを見て呆れた火神君は「じゃあ俺帰るな」と言って背を向け手を上げた。何だか申し訳ない。が、黄瀬君をこのまま放置するわけにもいかないので「行きましょうか」と言って歩き出した。

それから他愛の無い話をしながら歩いた帰り道。すると黄瀬君が指差して

「あ、あそこの公園よらないッスか?」

そう言われたので寄ったのは、小さな森林公園。ベンチ位しかない公園は、初秋と言えどもまだ暑い太陽の光を、周りにある木が遮ってくれるため幾分か涼しい。
黄瀬君が「飲み物買ってくるッスよ」と言って買ってきてくれたお茶を、柔らかな木漏れ日の日差しを受けながら僕また傾けたのだった。

「あれ、黒子っちそれどうしたんスか?」

出入り口付近のベンチに座ってゆったりとした時間を過ごしていると、ふいに黄瀬君がそう言って伸ばした手が触れた先は僕の左頬で、それが左頬にある傷を指していることに気付く。

「いえ、クラスメイトが横にいる僕に気付かなくて・・・持っていたシャーペンが少しかすっただけです。」
「ちょ、大丈夫スか?影の薄さは相変わらずというか・・・」

指先で傷をなぞりながら此方を心配そうに見つめる顔。眉がハの字になっていて、心配という文字をそのまま顔に張り付けたような表情に少し笑ってしまいながら大丈夫だと伝えると渋々と手を引いた。彼は何時からこんなに心配性になったのだろうか。すると、そう遠くない所からガラガラと車輪の音が聞こえる。何だろうと黄瀬君の方を見れば、黄瀬は何かに気づいたのか「黒子っちこっち!!」と言って僕の手を引き、出入り口付近の茂みの中に引きずりこんだ。あまりに唐突な出来事に反応できないでいると、黄瀬君は唇に人差し指を当てる。喋るな、という事だろうか。すると真横から先程のガラガラという車輪の音と、聞き覚えのある声。車輪は目の前でガシャン、という音を立てて止まり、その後に聞こ
える話し声。黄瀬君は反対の手の親指で前を見るように促すので見てみれば、何処かでみたようなリアカーが見えて、少し横に視線をずらせば、もっと見慣れた緑が居た。緑間君とリアカー。と、言うことは。

「・・・緑間君と高尾君?」

黄瀬君が頷いた。(高尾君の姿は見えないが、きっとどこかにいるのだろう。)頷いた黄瀬君の顔はニヤニヤと笑っていて、瞳が「何か面白そうだから陰で見ておこう」と語っている。まあ良いかと思いながら視線を戻して、案外僕自身も乗り気な事に気付いた。

ベンチに一人で腰かけていた緑間君の元に高尾君が戻ってきた。手にはお茶とおしるこが握られていて、あ、ぱしられたんスね、と隣で呟いた黄瀬君に静かに同意した。笑いながらおしるこを渡す高尾君は自分に買ってきたお茶をぐいと煽る。緑間君も静かにおしるこを飲んでいた。その後はただ他愛の無い話をしているようだが

「・・・一体なに話してんスかね」
「・・・さあ」

あまりにも高尾君が始終(ほとんど)大爆笑をしているので、黄瀬君がぽつりと呟いた。僕が苦手だからかも知れないが、緑間君との会話に爆笑する要素はあまり無い気がする。それに始終爆笑しているとは、一体何を話しているのか。(ただ高尾君の笑いの沸点が低いだけなのかもしれないが。)しばらくは高尾君の爆笑と、それに体裁を加える緑間君の構図が続いて、「まあこんなもんか」と、二人で静かに撤退を試みていたまさにその時。何かを言って、ニヤリ、と高尾君が誰から見ても分かりやすい程悪い笑みを浮かべた後。
緑間君の顔が、突然赤らんだ。
えっ、と固まる僕達。緑間君にしては何だか珍しく焦っていて、高尾君に何か言っている。何事だと思っていると、間髪入れずに

高尾君が緑間君の後頭部を引き寄せて。

唖然とした。眼前の光景に目を剥く。隣の黄瀬君は、開いた口が塞がっていない。仕方がない事だ。なんせ昔まで一緒にバスケをしていた仲間が、相棒(下僕だと彼は言っていたが)の男と口付けを交わしている。紛れもなくキスだ。それを目撃してしまった。それはもうバッチリと。
緑間君は高尾君の胸を慌てて押しやり、立ち上がって何やら怒鳴っていた。

「お前は、こ・・・な、人目に着く・・・で」

そう遠くは無いところではあるも、途切れ途切れにしか聞こえ無い明らかな怒鳴り声。しかし高尾君はそれに全く動じず、寧ろヘラヘラと笑っていた。暫く緑間君が一方的に怒鳴り散らした後、踵を返して此方へ向かって歩き出す。それを慌てて追いかける高尾君に構わず歩き続ける緑間君に、あんなに怒っていたんだ、このまま帰るのだろうかと予測していたが、それは見事に打ち砕かれた。
緑間君は少々乱暴にリアカーに乗ると、そのまま腕を組んで座り込んだのだ。
そうして、今度は目の前に居るので会話が筒抜けなのだが。

「早く出せ高尾」
「ちょ、待てって真ちゃん。そんなに怒んなよー」
「お前は、恥というものを知らないのか・・・!!」
「ごめんごめん!!だって真ちゃんが可愛いからさー・・・嫌だった?」
「・・・ああいうことは、人目に着かない所でやれと言っているのだよ」
「・・・じゃあ俺んち行く?」

無言の緑間君を肯定と受け取ったのか高尾君はハイテンションでリアカーの自転車部分に乗り、公園を出た。

まさに嵐が去った、というべきだろうか。突然現れて、キスを見せつけられて、挙げ句、それは満更でもないような会話を聞かされて。

(・・・こういうのを、リア充爆発しろって言うんですかね・・・)

はあ、と溜め息をついてから隣の黄瀬君の存在を思いだし、横を向こうとした所で地面に着いていた左手に温もりを感じた。見れば僕の手に黄瀬君の存外節くれた、男らしい綺麗な手が重ねられていて、その腕を伝い視線をあげれば黄瀬君が頬を淡く染めていて、困った用に眉を下げていた。

「・・・黒子っち」
「・・・っ」

掠れた、男性の色気のある声。それから黄瀬君の左手が上がり、僕の頬にそっと触れた。その指先は暑い。その熱が伝染するように僕の顔も熱を持ってきて。

可笑しい、さっきは、何も感じなかった筈なのに。

「黒子っち」
「俺、なんか、当てられちゃったみたいッス」

絡め取られた指を、近づいてくる顔を拒絶出来ない辺り、どうやら先程のバカップルに僕も当てられてしまったらしい。



嵐に当てられて
突然やってきた嵐は、とんでもない傷跡を残していってくれたようだ。





友人に頼まれて書いた黄黒サブにしようと思ったら黄黒がメインになっちゃった高緑小説