「trick or treat!!」

そう叫んでカシムの部屋に突撃した俺はこれ以上ない位満面の笑みだ。反対にカシムはこれ以上ない位嫌そうな顔をしたけれど、無視だ。しかしカシムは、はぁ、とひとつため息をついてからおもむろに机からボウルを持ってきて、それを差し出してきた。中身を除けば、ふわんと甘ったるい香りがする、茶色の、液体。

「・・・何だこれ」
「チョコレートに決まってんだろ」
「こんなの菓子にはいんねーよお!!」
「文句言うな持ってけ。」

あまりのカシムの対応にわんわんと喚くと頭をひっ叩かれた。それが悔しくて悔しくて、悔しいのでカシムの持つボウルを奪ってやる。それから俺が簡単に引き下がったと思い込んで油断しているカシムの腕を引っ付かんで、ボウルの中に指を突っ込んでやった。

「っおいアリババふざけんな!!」
「うるせー冷たいカシムがいけないんだ!!」

そう叫んでカシムのチョコレートでドロドロになった指を俺の口に押し込んだ。突然の俺の行動に驚いて固まったカシムに構わず指に舌を這わせる。ぴちゃぴちゃという水音がやけに大きく響いた。カシムが息を飲むのが気配でわかり、全部なめ終わってからちらりとカシムの方を見る。するとヒクリと口角をひくつかせたカシムは無言で俺からボウルを引ったくって、無造作に机の上に置き、俺をベッドに引き倒した。

「うわわわ!!ちょ、カシムさん!?」
「・・・誘ってたんじゃねえの?」
「ちげーよバカ!!降りろ!!離せ!!」

慌てた俺はカシムの下から逃れようと身を捩るが、それを無理矢理押さえ込んだカシムは俺の首筋にガブリと噛みついてきた。「ぎゃあ!!」と叫んだ俺を宥めるようにそこに舌を這わせてきて、次は甘い感覚が体を走る。

「ちょっ・・・」
「・・・アリババ。」
「な、なんだよ・・・!?」

カシムは俺の首から顔をあげて、一言。

「trick or treat」
「・・・・・・はい?」

ニヤリと口角をあげたカシムをみて、ようやく意味を理解した俺は、顔から血の気が引いていくのが分かった。

「ちょ、ストップ。タイム。」
「待った無しだぜアリババ君」
「おい!!ずるいだろそんなの!!」

今の俺は情けないことに腰が抜けて動けない。絶体絶命だ。終わった。そう思っているとカシムは少し考えてから俺の上から退き、「目瞑ってろ」と言って机の方に歩き出す。よくわからないが一応目を閉じていると戻ってきたであろうカシムはまた俺の上に乗ってきた。そうして「動くなよ」とだけ言うといきなり俺の頬に何か押し当てる。それは複雑な線を描いていて、って

「お、おい何書いたんだよ!?」
「さーな。別に大したことじゃねーよ。」

気づいた時にはもう遅く、目を開けば俺の上から退いたカシムが筆を片手にベッドに座ってこちらを見下ろしていた。

「おら、悪戯はすんだんだからとっとと行け。」
「え、ちょ、マジ何書いたん」
「さっさと行け犯されてーのか」
「失礼しました!!」

そう脅されて颯爽と部屋から出ていこうとした俺にカシムが後ろから声をかけてきた。

「お前、他の奴等の所にはもう行ったのか?」
「は?いや、まだだけど・・・」

意味の分からない質問に首をかしげると、カシムは「ならそいつ等のトコもついでに行ってこい」と投げ掛けた。何でだよ、と聞くと間延びした声で俺だけじゃ不公平だとか言ってきた。まあいいかと思ってカシムの部屋をあとにした。

軽率だった。俺は軽率な奴だった。

部屋を出てからしばらく歩くと向こうからシンドバッドさん達が歩いてきたので手を振った。そうしてシンドバッドさん達にも「trick or treat!!」と叫ぼうと近づく。それに手を振り替えしたシンドバッドさんとにこりと笑ったジャーファルさんは、しかし俺が近づいた途端、その笑顔が突然固まった。

「え、え、な、何ですか・・・?」

そう言うとシンドバッドさんは凄く神妙な顔で「やるなあ・・・カシム君かな・・・?」と呟いていた。は?と間抜けな声を出す俺にジャーファルさんは苦笑しながら鏡を見てくれば分かると思いますよ?と言ったので慌てて俺は部屋に走った。

そうして左頬に書いてあった「俺専用」という文字を見て叫ぶ羽目になったのだった。