ある日、私は珍しくくノたまに呼び出された。実習のことか、はたまた色恋沙汰か。どちらにしても面倒ではあるが、行かなければもっと面倒なことになるのは目に見えている。後で雷蔵たちとの話のタネになるほど面白ければ良いんだが。と思いながら指定された場所へ向かうと、そこには同級生のくノたまの姿があった。
「あぁ、鉢屋くん」
彼女は私を見るや否やパアと明るい表情を浮かべ、こちらへと近付いてきた。あまり恥じらっていないところを見ると、色恋沙汰ではないのだろう。と予測を立ててから、彼女が私を呼び出した理由を尋ねた。
「何か用でもあったのか?」
「この手ぬぐい、鉢屋くんのだよね?」
そういって差し出された手ぬぐいは、紛れもなく自分のもので、記憶が正しければこの手ぬぐいはこの間一人で町に行ったときに落としたものだった。
「あぁ、確かに私のものだが・・・」
そう言って彼女の手から手ぬぐいを受け取ったと同時に、私の頭にいくつかの疑問が浮かんだ。
何故彼女が落としたはずの手ぬぐいを持っているのか、それ以前に町でこの手ぬぐいを落としたとき、私はいつもの雷蔵の顔ではなく、元の自分の姿だったはずだ。
それなのに、どうして彼女はこの手ぬぐいが私のものだと分かったんだろうか。
途中で言葉を詰まらせて黙っていた私を不思議に思ったのか、彼女は何かを察したかのように笑った。
「あぁ、町で拾ったすぐ後に学園の生徒と会ってね、この手ぬぐいが鉢屋くんのものだって教えてくれたの」
「へぇ、そうだったのか。手間を取らせて悪かったな」
「いえいえ。それじゃあ、用はそれだけだから。今度は気を付けてね」
手ぬぐいを拾ってくれて態々届けてくれたことへの礼の言葉を聞くと、彼女は人の良さそうな笑みを浮かべてくノたまの教室へと戻って行った。
雷蔵たちに話すほど特に面白い内容でもなかったな、と思いながら自分自身も部屋に戻ろうとした瞬間、喉に魚の小骨が引っ掛かったような妙な違和感があることに気付いた。
先ほど彼女は学園の生徒に教えてもらったと言っていたが、この手ぬぐいは私用でしか使っていなかったので私のものであることを知っているのは同室の雷蔵だけであり、もしも他の誰かが知っていたとしてもあの日、私以外の忍たまは学園で用事を済ませていたので彼女に教えられるはずがない。それに、仮にそれが本当のことだとしても彼女に手ぬぐいが私のものだと教えるよりも、自分が受け取ってそのまま私に渡せばいいことだ。
あと気になったのがもう一つ。彼女が去り際に言った今度は気を付けてね、という言葉だ。気にしすぎと言われればそれまでだが、この場合なら次は落とさないように気を付けるよう言うのが普通だろう。
なのに、彼女はそう言わなかった。それが、どういう意味を表すのか。
「・・・まさか、」
彼女が私の素顔を知っているとしたら。そう仮定すると、全ての辻褄が合うような気がする。いや、そんなわけがない。友人どころか同室の雷蔵、長年教わっている教師でさえ知らない私の元の自分の顔を、同級生とはいえただのくノたまが知っているものなのか。
「・・・はは、面白いじゃないか」
数分前までは思ってもみなかった新たな面白いことに、思わず自分の唇の端が上がるのを感じた。
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