※卒業後 ※死ネタ ※長い



彼が外で何をしていてどんな仕事をしているのか私は知らない。知っているのは彼と一緒になるときに告げられた彼が忍者だということ、ただ一つだけだった。

忍者という職業柄仕事で怪我をすることなんて日常茶飯事で、けれど職業柄その仕事内容を一般人の私に教えられるわけがないということもわかっている。一度だけ彼が大怪我を負って帰ってきた日に耐えられずに尋ねたことがあったが、彼はいつもと同じような笑顔を浮かべ私の頭を撫でるとただ一言「ごめんな」と謝った。

彼はいつも笑顔だった。笑顔で「行ってきます」と出掛ければ、大怪我を負っていても「ただいま」と笑顔で私の元へ帰ってくる。
その度に私がどんなに辛い気持ちだったのかなんて彼は知らないだろうし、知ってほしくもない。私はそんな彼に対していつも笑顔で見送り、笑顔で出迎えた。辛い気持ちを隠すのに笑顔というのは最適だったのだ。



そして今日から一週間ほど前。私はいつもと同じように彼を見送り、彼もいつもと同じように笑顔で出掛けた。ただ一つ違っていたことは彼が出掛ける間際に私を抱き締めなかったことだった。普段ならば私を抱き締めて笑顔で出掛けていく彼のいつもと違う行動に気付かないほど私は馬鹿でも鈍感でもなかった。彼のその行動一つでこれからの仕事が危険なものだということがわかってしまった。
それがわかったからと言って何も変わるわけじゃない。私は彼に付き添うことも出来なければ彼の仕事内容も何も知らない。私に出来ることはただ彼を笑顔で見送り、彼を信じて待つことだけだった。






そして一週間経った今日、夕暮れと共に彼は帰ってきた。身に纏っているものは私が一度も着ているところを目にしたことがなかった黒い忍装束で、家で何度か見かけたことがある時よりも紅く染まっていた。不思議と涙は出なかった。この一週間何も考えずに過ごしてきたわけじゃない。彼の荷物は勿論のこと、彼の衣服までも纏めて片付けておいたし、彼がこのまま何年も帰ってこないということも考えそれなりに心の準備はしておいた。だからかもしれない。冷静に彼の様子をマジマジと見つめた私は彼の周りに居た同じ黒の忍装束を着た男たちを見る。一人は目に涙を浮かべ、同じ顔の二人は気まずそうに視線を反らしていて、一人は彼を黙って抱えていた。その様子を見て彼がよく話していた友人だと気付いた私は、彼を抱えたまま私を見つめている男の人に声をかけた。


「久々知さん・・・ですよね、申し訳ないんですが、布団の上に寝かせて頂いても宜しいですか?」

「は、はい」


私がいきなり名前を呼んだのに驚いたのだろう。久々知さんは少し焦って返事をすると、重たいであろう彼を抱えなおしながら少し後ろに立っていた三人に目配せした。自分だけ入ることを戸惑っているのだろうか。そう思いながら私は後ろの三人にも声をかける。


「他の皆さんもご迷惑でなければあがっていって下さい」

「え」
「あ、えっと」
「・・・それではお言葉に甘えて失礼します」


私の言葉に焦っていた二人を横目に同じ顔をした二人の片方、多分鉢屋さんはそう言うと、久々知さんに続いて私の家の敷居を跨いだ。それを見たあとの二人、不破さんと尾浜さんも少し渋りながら続いていった。
彼を抱えている久々知さんを寝床へと案内すると、久々知さんはゆっくりと彼を布団に移そうとし、それを見ていた三人もまるで壊れモノでも扱うかのように一緒に彼を持ち上げ、布団に寝かせた。

誰も何も話さなかった。ただ彼の顔をじっくりと眺めながら何かを考えているようだった。その沈黙を破ったのは紛れもなく私だった。耐え切れなくなったとかそういうのではなく、恐らく彼がここで笑っていればそうしたであろうことだったからだ。


「お茶、飲まれていきますか?」


私が一番初めに口を開くとは思っていなかったのだろう、四人は驚いた表情で私を見た。沈黙を肯定と受け取った私はそのまま席を立つと、自分のものを含めた五人分の湯呑みを用意した。お茶を淹れ茶の間に湯呑みを用意すると、四人はまだ固まったように彼を眺めていた。話しかけようかどうしようか迷っていると、恐らく私の気配に気付いた尾浜さんが私に「ありがとうございます」とお礼を言うと、足を茶の間の方へと運んだ。そしてそれを見習うかのように他の三人も同じ様に茶の間へと足を運んだ。


茶の間に移動したのは良いものの、また沈黙になってしまい室内にはお茶を啜る音だけが響く。何か話題はないだろうか、と思いながら考えていると、まだ私が名乗っていないことを思い出した。

「申し遅れました、みょうじなまえと申します。皆さんのことは彼からよく聞いていました」

「そうだったんですか・・・」


そこでやっと私が名前を知っている理由を知り納得したのか四人は警戒心を解いたようだった。


「彼、いつも皆さんの話ばかりしていて。それか動物の話かどちらかしかしないってくらいだったんですよ」


彼のことを話すと不思議と過去系になっていることに気付き、心の中で少し苦笑した。だって、多分今ここに居る五人の中で一番現実を受け止めているのは私だ。尾浜さんは赤い目を少し潤ませ、鉢屋さんは湯呑みをぼうと見つめ、不破さんは彼が居る寝床を気にしていて、久々知さんは何かを言いたそうにしながら床を見つめている。
それもそうだ。彼らは目の前で動かなくなった彼を見届けたのだろう。私は精々久々知さんに抱えられ、動かなくなった彼を人目見ただけなのだから。

そう思っていると居ても経ってもいられなかった。四人に向かって話そうと口を開いたその時だった。


「八左ヱ門からの伝言、なんですけど、」


久々知さんは苦しそうに顔を歪めながらそう言うと、少し言葉を詰まらせた。他の三人も久々知さんと同じように顔を歪めると、私を真っ直ぐと見つめた。そして言葉を詰まらせていた久々知さんも同じ様に私を見つめると彼、竹谷八左ヱ門からの伝言を口にした。


「“    ”」


伝言を言い終わった久々知さんは耐え切れなくなったのか湯呑みの中のお茶を一気に飲むと、また先ほどと同じ様に床を見つめた。彼からの伝言を聞いた私はさっきよりも幾分か落ち着いて四人に向かって話すことが出来た。


「一つ、尋ねてもいいですか?」

「・・・はい」


今度は私が彼らを見る番だった。何を尋ねられるのか不安なのだろう、彼らはまた目配せすると少し考えながらも了承をしてくれた。仕事の内容なんて聞かない。彼の死因なんて聞かない。けれどただ一つ、これだけはどうしても聞いておきたかったのだ。


「彼、最期笑ってましたか?」

「・・・」


我ながらずるい質問だと思う。案の定四人は今までで一番驚いたような表情を浮かべた。しかしこれを聞かないことにはこの四人を帰すことは出来なかった。これは私にとっても四人にとっても重要なことだと思ったからだ。答えてくれるだろうか、不安に思いながら四人の様子を見ていると、不破さんが顔を上げ、大きな声で私の質問に答えてくれた。


「・・・っ、はい!」

「笑ってました!」

「馬鹿みたいな笑顔で、いつもと同じように」

「最期まで笑ってました」


不破さんに続き尾浜さん、鉢屋さん、久々知さんが顔を上げて私の質問に答えてくれたことで、心の奥に閉まっていた気持ちが溢れ出してきた私は咄嗟に四人に向かって頭を下げた。


「・・・ありがとうございました」

「みょうじさん、」

「頭を上げてください!俺たちはそんな」

「いえ、言わせてください。本当は、もう戻ってこないものだと思っていたんです。このまま一生亡骸さえ見ることも出来ずにいるものだと思ってました。だから、私の元に彼を連れて来てくれて本当にありがとうございました」


そう言いながらもう一度頭を下げ、その後に四人を見ると何故かまた泣きそうな表情を浮かべていて、彼が今まで築き上げてきた友人たちの仲の深さを感じた。



夜更けが近くなり四人が腰を上げそろそろ帰るということを私に告げた。玄関先で佇んでいる彼らにそのまま少し待っていてもらうよう告げると、私は纏めていた彼の荷物と食料を風呂敷に包んで玄関に運んだ。


「お待たせしてすみません」

「いえ、どうされたんですか?」

「もし迷惑でなかったら皆さんで使ってあげて下さい」

「え・・・?」


風呂敷の中身が何なのか、大体は予想がついているのだろう。久々知さんが私が渡した風呂敷を大事そうに抱えたのを合図にしたかのように四人は私に向かって深いお辞儀をした。そしてそれを別れの挨拶としたのか四人は背を向け、暗闇へと消えていった。







誰も居なくなった家の中で息をしているのは私だけだった。複雑な気持ちになりながら彼が眠っている枕元に座ると、さっきまで落ち着いていた心臓が激しく脈打つような気がした。目を閉じている顔を見ていると、彼がただ眠っているだけではないのかと錯覚してしまいそうになる。だからなのかもしれない、私は返事が返ってくるはずもない相手に対して話しかけていた。


「・・・馬鹿じゃないの、こんなにボロボロになって帰ってくるなんて。どうせ、またお人好しなことでもしたんでしょう?」

(お人好しで悪かったな)


「アンタが居ないと動物たちの世話誰がすると思ってんの」

(大丈夫だって、なまえにも懐いてんだからさ)


もしここに彼が居たら。笑いながら私の頭を優しく撫でるんだろうな、なんて思いながら私は意味の無い問いかけを繰り返す。けれど彼が目を覚ますことは決してない。その証拠に彼の頬に触れると、普通の人間ならば感じるはずの体温というものが全く感じられなかった。


「本当、馬鹿。・・・いつもの馬鹿みたいな笑顔でアンタの口から聞かないと“ただいま”なんて言葉、意味ないに決まってるでしょ?」


「・・・大馬鹿やろう」

いつもなら私がこれだけ憎まれ口を叩くと、彼は少し焦ったような表情を浮かべながら私を抱き締める。あぁ、そう言えばあの日彼は私を抱き締めなかったっけ。野生の勘でこうなるってことをわかってたんだろうか。そう思いながら私は冷たくなった彼の体を力いっぱい抱き締めた。



「・・・おかえり、ハチ」


そして、彼を失って初めての涙が流れた。


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