八左ヱ門が死んだ。任務を終わらせ、帰ろうとした時のことだった。
今回の任務はいつもよりも危険なもので、相手はそれなりに戦に長けた忍者だった。何日も気を張り詰めやっとのことで敵を倒した俺達が気を抜いた一瞬のことだった。野生の勘というものが誰よりも利く八左ヱ門は俺たちよりも先に敵の動きを察知し、咄嗟の判断で俺たちを庇った。

自分が怪我を負うのは勿論友人が怪我をするのにも慣れていた俺達は、八左ヱ門の怪我よりも先に敵の息の根を止めることを優先させた。漸く敵を片付け、八左ヱ門に目を移した俺は言葉を無くした。


「八左ヱ門・・・、お前!!」

「おい!八左ヱ門!」

「・・・っ、悪ぃ。俺多分もう駄目だ」

「らしくねぇ弱音吐いてんじゃねぇよ!」


雷蔵や勘右衛門や三郎の叫び声と共に本人かと疑いたくなるほど弱々しい八左ヱ門の声が聞こえた。
最後に俺が駆け付けたとき既に八左ヱ門は地面に横たわっていて、装束を赤黒く染めていた。俺達は忍だ。致死量の血の量なんて当の昔にわかっているし、血が溢れ出てくる箇所が急所だなんてことも理解出来た。ただ、頭がついていかなかった。


「なぁ、悪いんだけどよ、このまま家まで連れてって、もらっていいか?」


どんどん掠れて弱々しくなる声を聞き逃さまいと耳を澄ませると、八左ヱ門は家に帰りたいと一言漏らした。その声に勘右衛門が泣きながら頷き、雷蔵が何かを言いたそうに八左ヱ門を見つめる。そしてそれを見た三郎が涙を堪えながら八左ヱ門に話しかけた。


「何か、伝えることは無いか?」


少し言葉を濁したのはまだ現実を受け止めたくない一心からだろう。八左ヱ門はそんな三郎を見るといつものように笑った。


「ただいま、って伝えてくれ」

「・・・っ、何だよ、ソレ。お前が言わないと意味ないだろ!」

「俺達の口から伝えても、」


八左ヱ門の伝言を渋る三郎や勘右衛門。表情から見るに雷蔵も渋っている様子だった。


「わかった」

「兵助!!」

「あり、がとな。頼んだぜ」

「約束する、絶対伝える」


俺の言葉を聞いたことで安心したのか、八左ヱ門は一度俺達を見て笑顔を浮かべるとそのまま動かなくなった。



そのまま誰も話さなかった。正確な時間なんてわからないが、目の前で動かなくなった八左ヱ門を何時間も見つめているような気がした。これからどうすれば良いのか、そう思っていると俺と同じように黙って八左ヱ門を見つめていた雷蔵が消え入りそうな声で口を開いた。


「行こう、八左ヱ門の家へ」


誰も返事はしなかった。その代わりに俺は動かなくなった八左ヱ門を背中に乗せた。前身の力が抜けた亡骸はずしりと乗しかかり、久しぶりに死んだ人間の重さを味わったような気がした。
八左ヱ門の家へ向かう道中、ずっと黙っていた三郎が漸く口を開いた。


「なぁ、相手には何て説明をするんだ?」

「・・・・」


相手、つまりこれから会いに行く八左ヱ門の恋人のことだった。話したこともなければ顔も見たこともない相手にいきなり八左ヱ門の亡骸を見せられたら、混乱のあまりまともに話すら出来ないかもしれない。そうなれば八左ヱ門の伝言を伝えられなくなってしまう。
どうしようかと考えていると俺の後ろに居た勘右衛門が口を開いた。


「八左ヱ門が死んだのは俺達を庇ったからだ、って正直に言うべきかな。それとも隠して任務の途中に死んだって言うべき?」


目を赤くさせながらそう言った勘右衛門は俺達の返事を待っているようだった。が、今の俺たちにそんな冷静な判断が出来るわけもなく、結局全く考えが纏まらずにハチの家まで辿り着いてしまった。家の中からは人の気配が感じられ、八左ヱ門の恋人が居ることは確実だった。


「・・・行くぞ」


俺達に目配せしてそう言った三郎が玄関の扉を軽く叩いた。それに気付いたのか人の気配がどんどん近くなってくるのを感じた。何を言われるかはわからない。人殺しと罵られるかもしれない。もしかしたら相手は八左ヱ門を返して、と泣き叫ぶかもしれない。
けれど彼女に会って八左ヱ門の最期の言葉を伝えることが俺に出来る精一杯の償いだと多分四人全員が思っていた。






玄関の扉が開き、そこから出てきたのは一人の女性で、その女性が八左ヱ門の恋人であることに間違いなかった。いざ彼女を目の前にすると何をどう話していいものかわからずに固まっていると、彼女はキョロキョロと俺達全員に目を移すと人の良さそうな笑顔を浮かべて八左ヱ門を抱えている俺に話しかけた。


「久々知さん・・・ですよね、申し訳ないんですが、布団の上に寝かせて頂いても宜しいですか?」

「は、はい」


綺麗な人だと思った。玄関から出てきて八左ヱ門を抱えた俺に対していきなり名前を呼んで話しかけてきたことは驚いたし、それよりも動かなくなった八左ヱ門を見ても少しも表情を崩さなかったその姿が何処か寂しくも凛としていて、正直こんな状況じゃなかったらと不謹慎なことを思ってしまった。


家の中に入っても、俺達が八左ヱ門を布団に寝かせてもその姿は変わらなかった。俺達が八左ヱ門が死んだという事実を受け止められずに布団に寝ている八左ヱ門の姿を黙って見ている間にも彼女は俺達を気遣ってお茶の用意をすると言って席を立ったのだ。
その姿に驚いたのは全員同じで、もしこの場に八左ヱ門が生きていたならばこのしんみりとしてしまった空気を変えるために一番最初に口を開くだろうと馬鹿なことを考えてしまったからだ。何ともいえない気持ちになって部屋の様子を見渡すと、部屋の中にある荷物が極端に少ないことに気付いた。押入れの中に片付けていると言われればそれまでだが、そうだとしても何か違和感を感じた。



茶の間に移動して彼女が淹れてくれたお茶に手を伸ばす。薬が入っていないかなどの確認をしたがそのような様子は全く見られず、実際口にしても丁度良い温度に美味しく淹れられたお茶だった。そしてまた沈黙になり、そろそろ八左ヱ門のことを話さなければいけないと思った時、彼女は俺達に向かって笑顔を浮かべながら自己紹介をした。


「申し遅れました、みょうじなまえと申します。皆さんのことは彼からよく聞いていました」


その言葉を聞いた彼女を疑っていた三郎がやっと警戒心を解いた。いや、それよりも彼女の笑顔が八左ヱ門にそっくりだったからだろうか。こんな状況だというにも関わらず笑顔を浮かべて俺達に向かって自己紹介をする彼女を見ていると、さっきまで俺達と一緒に笑い合っていた八左ヱ門のことを思い出してしまう。はやく本題を言わなければ。
恐らく俺以外の三人も彼女の笑顔を見て八左ヱ門のことを思い出してしまったはずだ。誰かが何かを言ってしまう前に八左ヱ門と約束をした俺が彼女に伝えなければ。


「八左ヱ門からの伝言、なんですけど・・・“ただいま”と伝えてくれとのことです」


自分にそう言い聞かせて口を開くと、彼女は困ったような表情を浮かべた。もしかしたら泣いてしまうのだろうか。そしたら俺は、俺達はどうすればいいんだろう。そんなことを思いながら彼女の様子を伺っていると、彼女は眉をハの字にさせながら俺達に話しかけた。


「一つ、尋ねてもいいですか?」


何を聞きたいのだろう。どうして八左ヱ門の伝言を俺が伝えたのか?そもそも何故俺達がここに居るのか?今回の任務の内容はなんだったのか?それとも、八左ヱ門は何故死んだのか?質問の内容によっては答えられないこともあり、どうしようかと迷いながらも了承の意を示すと、彼女は何故か頬を緩ませて笑顔を浮かべながら口を開いた。


「彼、最期笑ってましたか?」


その言葉に何も言えなくなったのは俺だけではなかった。彼女の質問が想像していたものと全くかけ離れていたものだったことに驚いたのもあるが、何よりその彼女の表情が俺達が最後に見た八左ヱ門の笑顔にそっくりだったから思わず何も口に出来なくなってしまったのだ。そんな状況で一番最初に答えたのは意外にも雷蔵だった。


「・・・っ、はい!」

「笑ってました!」

「馬鹿みたいな笑顔で、いつもと同じように」

「最期まで笑ってました」


雷蔵の返事を切欠に勘右衛門、三郎が続き、最後に俺がその質問に答えると、彼女は嬉しいような悲しいような読めない表情を浮かべた。かと思うと次の瞬間彼女は頭を床につけ、俺達に頭を下げて一言お礼を呟いた。


「みょうじさん、」

「顔を上げてください!俺達はそんな」

「いえ、言わせてください。本当は、もう戻ってこないものだと思っていたんです。このまま一生亡骸さえ見ることも出来ずにいるものだと思ってました。だから、私の元に彼を連れて来てくれて本当にありがとうございました」


そして彼女はもう一度俺達に向かって頭を下げると、また人の良さそうな笑顔を浮かべた。それに対し三郎や雷蔵が何ともいえない表情を浮かべながら彼女に向かって頭を深く下げ、勘右衛門がまた目に涙を浮かべながら彼女を見つめる。なんて言う俺自身もいつのまにか目に涙が溜まり、彼女の暖かな眼差しを呆けたように見つめた。



夜更けが近くなり、そろそろ帰らなければいけないと思い彼女に声をかけると、彼女は玄関へと向かう俺達に外で待つよう伝え、家の奥へと消えていった。一体どうしたのだろうか、そう思いながら彼女を待っていると数分後、手に風呂敷を抱えた彼女が玄関へとやってきた。


「お待たせしてすみません」

「いえ、どうされたんですか?」

「もし迷惑でなかったら皆さんで使ってあげて下さい」

「え・・・?」


彼女が持ってきた風呂敷を受け取ると、それはずしりと重たく、俺達に馴染み深く先ほどまで手にしていたものだということがわかった。他の三人に矢羽音で風呂敷の中身を伝えると、彼女に向かって深く頭を下げた。勿論感謝の気持ちを称してだが、これ以上彼女と関わってはいけないと思っての行動だったのだが、そう思ったのは俺だけではないらしい。全員が同時に頭を下げ、後ろを振り向くと俺達はそのまま闇へと消えた。





「・・・想像以上の女だったな」

「八左ヱ門のやつ、はやく俺達に紹介してくれたら良かったのに」

「あはは、そう言えば何となく八左ヱ門に似てたね」

「そうだな」


行きと同じ道を辿っているのにも関わらず随分と軽くなった足取りで歩を進める俺達の会話の中心に居たのは勿論彼女の事だった。もっと早く出会ってれば八左ヱ門と笑い合う彼女が見れたのにななんて言いながら歩いていると、ふと風呂敷の中身が少し温かいことに気付いた。中身は恐らく忍具なのに何故だろう、と思いながら三人に声をかけた上で風呂敷を開くと、忍具のうえにもう一枚小さい風呂敷があり、それを開くとそこには美味しそうに握られたおにぎりが丁度四つ入っていた。


「おい、これ」

「うわ、おにぎりだ!」

「もしかしてこれ・・・」


恐らく俺達が外で待っている間に握ったのだろう。その姿を想像して少し頬が緩んでしまった自分を心で諭しながら三人の様子を見ると、どうやら俺と同じことを思ったらしかった。そしてもう一度風呂敷の中に目を移すと、手紙のようなものが入っていることに気付いた。おにぎりに目を奪われている三人を横目にその手紙らしきものを開くと、そこには走り書きなのにも関わらず綺麗な文字でこう書かれてあった。


(うちにはもうこの道具を使う人が居ないので皆さんで使ってください)


その手紙を読み終えて、やっと俺は八左ヱ門を寝かせたあの寝室で感じた違和感の正体を理解出来たような気がした。あの部屋を含め家全体に八左ヱ門が暮らしていたという生活感があまりなかったのだ。それに多分最初から風呂敷に包まれていたであろうこの忍具。そして玄関の扉を開けて俺が抱えていた八左ヱ門を見たときの彼女の反応。
少し前まで見ていた彼女の笑顔が俺の頭の中で交差する。もしかしたら彼女は最初から八左ヱ門が帰ってこないとわかっていたんだろうか。この一週間俺達が来るまでどんな思いで彼女は八左ヱ門を待っていたんだろうか。きっとこの一週間で彼女は八左ヱ門との思い出が詰まったあの家で帰ってこない八左ヱ門を待つことに耐えられなくなり八左ヱ門があの家に居たという事実を消していったのだろう。そんな彼女に対して俺達は何が出来たのだろうか。


「・・・っ、」

「兵助!」


そんなことを頭の中でぐるぐる考えている間にも俺の足は八左ヱ門の家、もとい彼女が居る家に向かっていた。自分が何を考えているかなんて全くわからないし、彼女の元に行ったとして何をするのかということも何も考えていなかったが、何故か足が自然に彼女の元に向かって走っていて、俺を止める勘右衛門の声すらも届かないほどだった。



結局俺を引き止めた勘右衛門は勿論三郎と雷蔵も含めた四人で彼女の家へと忍び込み、漸く彼女が居る場所、つまり八左ヱ門が眠っている寝室に辿り着いた俺達は、そこに居た彼女の姿を見てまた言葉を失ってしまった。


「・・・おかえり、ハチ」


もう冷たくなっているであろう八左ヱ門の体を抱き締めながら、声を上げて泣く彼女を見て思ったことはただ一つだった。


何故八左ヱ門なんだろうか、なんてもう今更遅いことなのだ
110704


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