「申し訳ないけど、私まだご飯食べてないから」


私が購買から帰ってくれば、私のクラスの前に見慣れた大好きなピンク色の頭の彼がいた。待ち構えていたようだ。正直言って、嬉しかった。なのに、その言葉を彼に放ったのは紛れもない、私だ。その言葉のせいで更に彼の怒りを買ってしまったのは言うまでもない。


「ねえ綾華って本気でバカなの」
「バカなのって言われてバカです、なんて誰が言うの」
「そんなバカは綾華しかいないね」
「残念、私もちゃんとした頭はあるから」


売り言葉に買い言葉とはこのことだ。私にも彼に話したいことはちゃんとあったし、彼にだって話したいことがあったからこそ、こうしてわざわざ私のクラスまで来たのだろう。なのに私たちは一体何をしてるんだ。

そう思いながらも、グズグズ言い争うのが私たちだ。


「何で俺に会いに来なかったわけ?石川と付き合い始めでもしたから?」
「何でそこで石川くんが出るの?関係ないじゃない。そもそも勝手に怒ったのは小湊でしょ」
「…何、今日はいつになく、やけに噛み付くじゃん。綾華」
「だって事実だし!私にだって言えないことの一つや二つある。間違ったことは何一つ言ってない!」


私は間違っていない。
その考えは変わるはずもない。

そう思っているのに、小湊を目の前にすると、折れてしまいそうになる。私が間違っているような、そんな感覚になるからだ。今までだってそう。なんだかんだで丸め込まれて、ずっと。


「私、わかんないの。小湊が何を考えているか…」
「うん。俺にも綾華が何を考えてるかなんてわからないよ」
「…っ嘘!絶対に嘘でしょ」
「じゃあ聞くけどさ。綾華は俺に進路のこと、何も言ってくれないわけ?」
「……え?」


進路のことを何も言ってくれない?
彼は確かにそう言った。それはどういう意味なのだろうか。そのことに関しては私だってずっと心の中で突っかかっていたことだ。私は、聞かない方がいいんだと思ってずっと聞いてこなかったし、彼だって、私に聞くこともなかった。そんな話題を出す素振りすらもなかったのに。


「進路って…だって私のことなんて興味ないでしょ?」
「誰が興味ないって言った?」
「…言ってないけど」


『言ってないんじゃん。綾華の思い過ごし』と小湊は少し怒っているかのような笑みを浮かべて言う。いや、だって。だってさ、普通に考えて。


「私たち、ただ単に友達なだけなのに…」


『私の進路なんて知りたいと思うの?』

そう私は小湊に尋ねた。私は確かに知りたかった。だって私は小湊のことが好きだから。けれど。小湊は違うってことぐらい私にはちゃんとわかってる。なのに、小湊はそういう。私と小湊の間にある関係は、恋人でも何でもない。友達。ただ、それだけなのに、知りたいと思うのだろうか。

けれどその言葉を私から聞いた瞬間に、先ほどの笑みは消え、無表情になった。…完全に小湊が切れている。それが私は分かったから、逃げようと教室に足を向けた。けれど、『逃げるなんて卑怯なこと、しないでよね』と腕を掴まれて、逃げられなくなってしまって。…ああ、もう。一体何が起こっているんだろう。そう思いながらも私は小湊の次の言葉を待つ。すると、


「綾華は俺の進路、気にもならなかった訳?」
「…そんなこと、ないけど…」
「少なくとも俺は、気になって仕方がなかったけど?」


『中高と綾華のこと見てきたんだからさ』と。確かに彼はそう言った。一方の私はと言えば、目を見開いて、すごい顔を彼に向けていると思う。不意を突かれたというか、もう、驚きしかなくって。まさか彼からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったし、期待などしたことすらもなかったから。


「俺は、『東京都内の大学に進学することになった』って綾華に自分の進路を言わすように言ったのに、綾華は『そうなんだ、いい所なんでしょ?』って言うだけで、肝心の綾華の進路は言ってくれないしさ」
「え、あれはそういう意味だったの…!?」
「今気づく始末だし…」


正直言って、あの時は小湊に『え、どこの大学なの?』と聞こうか聞くまいかどうしよう、と悩んでいたから、そんなこと気付きもしなかった。ましてや、自分の進路を聞こうとしてそう振っていただなんて。誰が気付くのだろうか。けれど先ほどから意味が分からなくなっている。




「何で私の進路なんて…なんとも思ってないなら、気にならないでしょ…?」
「…まだ言わせるわけ?」


『本当、綾華はバカだね』といつもの笑みを浮かべて言う小湊。バカバカってさっきから。いったい何なのかはっきり言いなさいよ、と思いながら私は彼を見る。


「好きだからだよ」
「……え、好き?」
「そう」
「小湊が、私を?」
「他に誰がいるわけ」


あっさり。もう清々しいぐらいあっさりと、彼は私がずっと欲しかった「好き」の二文字を言った。…あれだけくよくよしてた自分がなんだか馬鹿馬鹿しくなって来るぐらいに。でも、そんな素振り、本当に何も出してなかったじゃないか。私は小湊が嘘をついているだなんて思ってない。

けど。…なんでこうも、予想通りのあっけらかんとした告白なんだ。私はがっくりと肩を落とす。もちろん、マンガのような告白がほしいなんて思わないけれど。女の子ならば誰でも憧れるはずだ。…どこでも、いつまでも。彼は彼のままで。


「なのに綾華は石川の方にフラフラしてさ」
「ふっ、フラフラなんてしてない!私にだって私なりの理由がちゃんとあるの!」
「綾華なりの理由なんてどうせ下らないんだろ」
「くっ、くだらないって…」
「俺にとったらくだらないよ。どうせ、相手のことを思ってずっとどうすればいいのか考えてるだけのくせに」


もうピンポイントで当たりすぎててむしろ怖いぐらいだ。小湊とはもう随分長い時間を一緒に過ごしてきた。だからこそ、当たり前なのだろうか。私は、いまだに小湊のことで悩むというのに。


「だからさ。石川なんてハッキリ振ってやってさ」


『そろそろ俺のものになってくれない?』

小湊は自信たっぷりの。まるで私が同じ気持ちであるかと分かっているかのような。そんなトーンでそう言った。…自意識過剰だね、なんてそんなことは言えなかった。だって、ずっと。ずっと、待って待って、待ち焦がれていた言葉だから。

私は。


「……っ遅すぎ!」


そう言って、彼に抱き付いた。



何度も何度も後悔しては繰り返した春を、もう終わらそう。
今度は、君の隣で、新しい春を迎えよう。


(END)
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