◎滝川・クリス・優&御幸一也 俺には憧れている人がいる。 そして、―――一生、手の届かない人がいる。 「あ、御幸くん」 約一か月に一度、日直と言う、部活動をしている者なら恨みたいぐらい面倒くさい物が回ってきた。部活の練習着にもまだ着替えず、教室の溜まったごみを焼却上に持って行く途中で、燃える物、ペットボトル、空き缶に分けられたごみの袋を持って行っていた。そしてその途中で呼ばれ、俺は足を止めた。振り向かなくたって、分かる。この声に呼ばれたくて、この声の主の目に留まりたくて、一生懸命だったのだから。俺は、振り返り、 「こんにちは、桐沢先輩」 と普通に挨拶をする。内に秘めたものを出さないように。先輩に、感じとらせないように。こんなことをもう一年はしているのだ。見透かされているのではないか、とも思っていたが、先輩に限ってそんなことはないだろう、と思いながら。俺はいつも通りに接していた。 「先輩も日直ですか?」 「ううん。今日の日直の子、願書出しに行くために早退してね。代わりにしてるの」 と桐沢先輩は笑って言う。面倒くさいとか思ってても絶対に言わない。嫌そうな顔一つしない。先輩のこういうところが好きだった。率先して、誰かの為になるように動く。そういうところが。 「御幸くんこそ、いつもお疲れ様」 『教室から覗いてるよ、いつも』と先輩は笑って言う。俺は『ありがとうございます』なんてサラッと笑顔で言いながらも、その後にくる言葉を探ってしまう。悪い癖だ。―――『誰とですか?』と言いそうになるのだから。そんなことを言っても、何もならないと分かっているのに。 「先輩はもう進路決められたんですか?」 「うん、ある程度はね」 「…クリス先輩とは、同じ学校に行かれるんすか?」 「……ううん。私たちの間には何もないもの」 顔を曇らせて言う桐沢先輩に、これは何かあったんだなと悟った。俺にもまだ、チャンスはある、と思う反面、桐沢先輩が悲しむ顔は見たくないのに、と複雑だった。どこからどう見ても、クリス先輩と桐沢先輩が両想いなのはありありと分かるぐらいのものだった。わかりきっていた話だったし、部内でクリス先輩とあんまり関係を持っていなかった奴なんかは付き合っている、と勘違いしている人もまだいる。しかし、クリス先輩たちは付き合ってなどいなかった。それは、 「今そんなこと考えてる暇はないよ、クリスには。…選手に復帰する、それしか眼中にないから」 と先輩も複雑そうな表情を浮かべた。だからと行って、全く眼中にないと言う事はないと思う。クリス先輩はバカじゃない。どちらかと言わずとも、頭はいいし、キレる人だ。両立ができないなんて人じゃない。けれど、先輩から見たクリス先輩は違うのだろう。けれど。 「桐沢先輩」 けれど。 「うん?」 そんなことを聞いて、動かずに先輩たちがくっつくのを見守ろう、と思うほど良い人間じゃない。『奪ってやろう』なんて思わない、優しい人間じゃない。自分の気持ちに素直に、貪欲に生きる人間だ。 もう、我慢なんてしない。見守るなんてしない。この隙をチャンスと見なくて、何と言うんだ。 俺は、その瞬間から、 「俺、先輩のこと―――」 クリス先輩を敵に回すことに決めた。 back |