どんな夜も、どんな朝も [ 2/9 ]

永遠を謳う人は嫌いだ。信じることなんてできない。永遠なんて、どこにも存在しないのだから。


「あれ、あなたは師匠の…!」


球場でクリスの勇姿を見に行っていれば、懐かしい顔に会った。確か名前は沢村くん。クリスが可愛がっていた後輩だったはず。そんな彼も、プロ野球選手だったはずなのだが。こんな所に、しかも変装もなしで歩いていていいのだろうか。彼もシーズン中のハズだが。

そう思いながらも、「こんにちは」と普通に挨拶を交わした。極度の人見知りをする私は、何を話していいのかわからずに普通に彼の前から立ち去ろうとする。けれど、「今日は師匠の勇姿を拝みにっすか?!」と相変わらずの元気さで私に話かけてくれる。

有難いような、そうじゃないような。私は頷くと、「幸せ者っすね、師匠は」と沢村くんは言う。きっと彼は知らないのだろう。私とクリスが別れていること。


「これから師匠の所に挨拶行くんすけど、先輩も行かれますか?」
「…ううん。私はこれから用事があるから」


沢村くんを見ていると、学生時代を思い出してしまう。クリスがいればいいって思ってたあの頃の日々がとても懐かしくて。同時に、まだまだ青かったんだなあと思う。大人になりきれない子供。大人になっているつもりが、まだまだ全然そうじゃなくて。ただ、感情のままに動いているだけで良かった。


「そうっすか」
「クリスには私と会ったこと、言わないでもらえるかな」
「わかりやした!サプライズなんすね!」
「…そう」


純真無垢、純粋な彼にこんな嘘を吐かなければいけないのは胸が痛い。けれど、未練タラタラなんだなと言うことを彼に知られたくなくて。私は嘘を吐く。

もう何度吐いたかわからない、彼のための嘘を。…いや、彼のためなんかじゃない。自己満足の塊でしかない嘘を。


「じゃあ、またー…」


またね、と。会うかどうかもわからない『またね』を言おうとすれば、


「……なーんて」
「…え?」


なんて声が聞こえて。それは、明らかに沢村くんのもので。一瞬、彼から発せられたのかわからなかったけれど。確かにそれは彼からのもので。


「知ってるっすよ。桐沢先輩がクリス先輩と別れてること」
「…なら、」
「今日、俺がこの試合に来たのは偶然じゃない。更に言えば、こうして桐沢先輩と接触しているのも偶然じゃないんすよ」


「この意味、わかりますか?」と。以前の私が知っている沢村くんならば言いそうにないことをこの、目の前にいる沢村くんは、発していて。挑発しているかのような。そんな彼の口調に、私は少しだけドキドキした。

ときめくようなドキドキじゃない。どちらかと言えば、人間数年会わないだけで、数年の間にこんなにも変わることができるんだという恐怖みたいな。そんなものだ。


「狙いは、何?」
「狙い?そんなの、決まってるじゃないっすか」


私の方を指差して、「桐沢綾華っすよ」と。ニヤリ顔で言う。


「知ってるよね。私はー…」
「クリス先輩の元カノ、ですよね」


元カノ。
その言葉が突き刺さるのは、彼が言ったからじゃない。まさにその通りだからだ。何を勘違いしてこんなところに来ているのだろう。偶然を装って、再会できるとでも思ったのだろうか。

それが、ハッキリと私の中でわかったから。


「…うん、そう、だよ」
「俺、ずっと桐沢先輩のこと、好きだったんすよ」
「…っ、嘘でしょ?」
「ほんとっすよ。―――だから」


『こうして毎回クリス先輩の試合を見に来ては、桐沢先輩の姿を探しに来てるんすよ』といつになく真剣な表情をする沢村くんに私は不覚にもドキリとする。ああ、もう。私。


「過去のことは忘れて、俺のこと。考えてください」


その時の沢村くんの表情は、初めて見たような男の表情だった。


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