ヒロインになりたかった [ 8/9 ]

幼かった。
だから私は、見失ってしまった。


「…哲?」


彼の横にいる女を視界に入れた瞬間、私の表情はきっと、笑みが消えた。『その人は誰?』と、聞きたかった。でも、聞けなかった。その存在を自分から進んで聞くことはできなかった。そんな勇気、私にはなかった。聞かずとも、分かってしまう。私が欲しかったものだったから。笑いあう二人。眩しくて、…見ているだけで分かってしまった。

私が呆然と彼らを見ていれば、哲が私の存在に気付く。


「―――綾華」


ああ、こんな表情の哲を見たくなかったな。
そう思いながらも、私は必死に笑顔を作る。彼に好かれようとして、鏡の前で毎日練習した、あの笑顔で。こんな日のために練習してきたわけじゃないのに。なのに、どうして私は今、その笑顔を作っているの。


「俺の、彼女」


『―――――です』と彼女の方が自己紹介をしてくれたけれども、そんなの、耳に入ってはこなかった。…入れたく、なかった。認めたくなかった。けれど、彼の口から『彼女』と言われてしまったから。挨拶をしなければ、と。私はハッとして、哲の彼女の方に向く。


「私、哲の幼なじみの桐沢 綾華。よろしくね」


そう言えば、彼女が、


「いいなあ、哲先輩の幼なじみなんて!」


『まるで漫画みたい!』とキャッキャする姿を見て、いら立ちを覚えたのはもはや言うまでもないだろう。先輩、と言うことは彼女は後輩なのだろう。けれどその割にしては、すごく短いスカートのくるっとまかれた髪。哲ってこんなのが好きだったんだ、と彼女の容姿を見る。確かに可愛い。きっと、10人に聞けば7人は可愛いというようなその容姿に、私は嫉妬する。

すると、私の視線に気づいたのか、彼女は私に向けて、口パクで伝えてきた。その言葉を解読した瞬間に、私は辛くなる。



「ごめん、哲。私、先生に呼ばれてたの」



――――こんなのに、負けてしまったのかと。


「そうか、引き留めてすまなかったな、綾華」
「ううん。…じゃあ、お幸せにね」


『ありがとうございますぅ』と可愛らしく言う彼女に、吐き気がした。





『ヒロインは私なの。だから、もうあなたの出る幕じゃないの』





何でもっと早くに、行動しなかったの。
そうしたら、今頃。

私がヒロインになれていたのに。



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